コラム「透視図」

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ギョウジャニンニク

2017年5月9日

 ことしは前線の進み具合がちょうど良かったらしく、ゴールデンウイークにかけ道内多くの地域で桜が見頃を迎えた。天気にも恵まれたから花見に繰り出した人も少なくなかったろう
 ▼当方は花より団子というわけで、知り合いに誘われるまま旭川の山でギョウジャニンニク採りを楽しんだ。こちらも時期がちょうど良かったようで、斜面にみっしり群生し、まさに採り頃。ほくほくしながらたっぷり袋に詰め込んだ。本道で山菜の王様とも称されるギョウジャニンニクは、かなり古くから食べられていたようだ。アイヌ民族の昔話にも時折出てくる。例えば人間の魂が神の国に行くために、あの世のギョウジャニンニクを持ってこの世に出てくる話
 ▼また、根こそぎ採られたことに怒ったギョウジャニンニクの神が、村おさの妻を病気にして殺してしまう話もあった。山の恵みの中でもとりわけ大切にしていた証しだろう。食材としてはもちろん、薬代わり、さらには魔よけにもなったと聞けばそれもうなずける。実際に薬効があるのかどうかは知らないが、ギョウジャニンニクに限らず山菜を食べると山の力を分けてもらったようで元気が出る。これから初夏にかけてはこれまた山の精気をたっぷり含んだタケノコやフキ、ウド、ワラビ、コゴミの出番だ
 ▼かつて読んだアイヌの古老のこんな言葉を思い出す。「冷害でも困ることはないさ。昔みたいにその辺にあるもの食べれば生きていけるから」。桜の開花を合図に、山菜が次々と食べ頃を迎える。本道の豊かさを実感できる季節がまた巡ってきた。

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憲法施行70年

2017年5月3日

 イソップ寓話(ぐうわ)の一つに「男の子と木の実」がある。同様の話は数多くあるから、どこかで耳にしたこともあろう。こんな内容である
 ▼男の子が家で木の実の入った瓶を見つけ、食べようとした。つかめるだけつかんで出そうとしたものの握り締めた拳が瓶の口に引っ掛かる。何度やっても出せず、男の子はついに泣き出してしまう。それを見ていた母親があきれ声でひと言。「一つずつ出して食べなさい」。あれも欲しいこれも欲しいと一遍に多くを望んでも、結局何も手に入らない。そんな経験的知恵を教えるものだろう。木の実ならかわいいものだが、これが日本国憲法だとそうも言っていられない
 ▼憲法論議を聴いていると、あまりにも多くを憲法に望み過ぎではと思わされることがしばしばあるのだ。例えば、いわゆる「護憲派」と呼ばれている論者たちの9条の扱い。日本の平和と世界の平和、国際紛争の解決。これら全てを、今ある9条の瓶から一遍に出そうとしている。さぞ、難しかろう。一方、「改憲派」の代表格自民党の「改正草案」。こちらは保守というより、ちりばめた戦前の価値観で国民の思想まで手に入れようとしているようだ。何とも息苦しい。安倍首相は1日、この草案をそのまま憲法審査会に提案することはないと表明したが、賢明な判断だろう
 ▼きょうは日本国憲法が施行されて70年の節目である。あらためて条文を一つずつ瓶から出して点検するのに絶好の日ではないか。おっと、その前に護憲派も改憲派も、まずは固く握り締めた拳を開いた方がいい。

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百日祝い

2017年5月2日

 これから一生、食べることに困りませんように―。赤ちゃんが生まれて100日ごろに、そんな願いを込めて行われる行事に「百日祝い・お食い初め」がある。乳歯が生え始める時期に合わせたものという
 ▼わが子や孫のためにと豪華な食事を奮発した人も少なくないのでないか。尾頭付きのタイや赤飯、歯固め石などをそろえるのが日本古来の形式だそうだが、今では食べるまねをさせるだけのところもあるようだ。やっと乳歯が出始めたどころか、最初から牙が生えていた観のあるこの人も先月29日、就任から100日を迎えた。トランプ米大統領のことである。米国に「百日祝い」があるかどうかは知らないが、就任100日は新政権を評価するうえで重要な指標とされるらしい
 ▼トランプ大統領誕生に一役買った米国民は100日たった現在、「これからは食べることに困りませんように」との願いを新たにしていよう。ただ、今のところ期待していた成果はとぼしく、お祝い気分一色とはいえないようだ。移民政策は暗礁に乗り上げ、オバマケアの撤廃にも失敗。議会との関係が悪いため閣僚人事も遅々として進まない。外交に少し見るべきものがあったとはいえ、これだけ政策が滞れば日本なら内閣が幾つか吹っ飛んでもおかしくない
 ▼ところがトランプ氏は相変わらず意気軒高だ。ビデオ演説で雇用を取り戻したことを主張したうえ、歴史の中で最も成功した100日だったと自画自賛する始末である。自慢もいいがここらでしっかり歯固めをし、将来に備えるのが先決のように思えるのだが。

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昭和の日

2017年4月29日

 黄金週間が始まった。初日のきょうは「昭和の日」である。もともとは昭和天皇の誕生日。今では「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」日だそう
 ▼随分と仰々しい物言いだが、この高齢化社会の中で、古き良き昭和の価値に心を寄せる人は実際増えているように見える。貧しくも人情味あふれる昭和を描いた映画『ALWAYS 三丁目の夕日』のヒットもその表れだろう。昭和を語るうえで忘れるわけにいかないものの一つにテレビがある。先の映画にも、普及に大きな役割を果たした東京タワーの建設風景があった。覚えている人もいよう
 ▼テレビ放映が開始された1953年にNHKの専属俳優となった黒柳徹子さんが、雑誌『ダカーポ』で以前語っていた。当時の普及台数は全国で866台。新卒の月給が9000円の時代に、1台25万円もしたそうだ。ところがいったん世に広まると、政治経済はもとより、ありとあらゆる分野に底知れぬ影響を及ぼしていく。東京五輪に歓声を上げ、全員集合で笑い、ロッキード事件に怒り、御巣鷹山墜落事故に泣いた。テレビが社会に「一億総」の雰囲気を作ったのである。続く平成はインターネット全盛のいわば「一億各」時代。皆一緒の昭和世代には少々寂しいがこれも世の流れだろう
 ▼その平成も天皇陛下退位により30(2018)年で幕を閉じる。特例法案が来月中にも成立する見通しになったらしい。さて「平成の時代」をいつか顧みるのは今の若者たち。悲哀とともに思い出すのでなければいいが。

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はりぼて

2017年4月28日

 漫画家手塚治虫に「赤の他人」という短編がある。読んだのは昔だが人間不信に陥るような薄気味の悪い作品だった
 ▼主人公のアキラが周りの世界に違和感を覚えるところから物語は始まる。皆が演技をしている気がするのだ。秘密を暴こうと悪戦苦闘した末にアキラがたどりついた真実は、自分が操り人形で、その人生は多くの観客を楽しませるための見世物だったこと。風景も建物も「はりぼて」だったのである。その短編を思い出したのは、北朝鮮が久しぶりに海外の報道陣を招いて完成のお披露目をした「黎明(れいめい)通り」のニュースに触れたからである。70階建てタワーマンションを中心とする高層ビル街を新たに整備した事業だが、工期はわずか1年だったという。北朝鮮でだけ物理や化学の法則が異なるのでなければ「はりぼて」に違いない
 ▼映像を見る限り現代風の都市建築で見栄えも良いが、つまりはただそれだけのこと。実際に住むことはできぬ芝居の書き割りみたいなものなのだろう。建物を造るには正しい手順と適切な工期が必要だ。国際社会で確固たる地位を得るのも同じこと。相応の時間はかかる。金正恩朝鮮労働党委員長はそれを核兵器で一気に実現したかったのだろうが、やはり国として「はりぼて」の感は否めない。表に戦争の火種となる核はあっても、その背後に人々の豊かな暮らしはないからである
 ▼「赤の他人」とは反対に、金委員長一人が観客で、国民全員が操り人形として人生を演じさせられているようにも見えてくる。こちらは残念ながら物語ではない。

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