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    <title>北海道建設新聞社</title>
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    <lastBuildDate>Fri, 18 May 2012 10:42:44 +0900</lastBuildDate>
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      <title>北海道建設新聞社</title>
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      <title>小泉純一郎元総理の祖父、小泉又次郎も</title>
      <link>http://e-kensin.net/column/details/2565.html</link>
      <description>　▼小泉純一郎元総理の祖父、小泉又次郎も政治家だった。逓信大臣や衆院副議長を務めたが、全身の入れ墨で有名だった。それは、家業のとび・請負業を継ぐ決意の証として施したものだった。入れ墨は江戸時代に、浮世絵などを通して成熟し、江戸時代後期には大流行した。火消しやとびなど肌を出す職業では、なければ恥だと見なされるまでになった。彼の入れ墨は、時代や家業に添ってのことだった。　▼大阪出身の落語家の6代目三遊亭円生がこんな話を一席のマクラにしていたという。入れ墨のことだ。「若いころ、入れ墨をした芸人が何人もいた。立花家花橘という関西の落語家は、背中にキキョウの紋の入れ墨を入れてあった。キキョウは彼の定紋。裸になっても失礼にならない、紋付きだからと」。人をニヤリとさせるそれがあるすれば、この花橘のくらいだろう。きょうは何が話題か―と言えば、もうおわかりだろうが、大阪市の入れ墨問題のことである。驚くばかりでないか。　▼大阪市は、職員の入れ墨調査を行った。その結果、110人がしており、このうち98人が目に触れる場所にだったという。入れ墨は今、ファッションと見る向きもあるが、あちらの世界の人のそれが加わって、かつての時代とは違う。公務員は―となれば、ふさわしくない。大阪市章はみおつくし。それが入れ墨なら許される―という問題ではない。橋下市長手法は強行的故に反発を伴うが、過剰な行動ではないだろう。にしても、役所内で流行？と思うほどの結果はどういうことやら。</description>
      <pubDate>Fri, 18 May 2012 10:38:56 +0900</pubDate>
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      <title>随分前だが、愛知に行った折</title>
      <link>http://e-kensin.net/column/details/2564.html</link>
      <description>　▼随分前だが、愛知に行った折、犬山市の「木曽川うかい」を楽しんだことがある。1300年前から続くという伝統は、見る価値あるものだった。その「木曽川うかい」で、初の女性鵜匠(うしょう)が誕生するそうだ。早ければ来年デビューするという。うかいを楽しむ観覧船の乗客数は減り続けており、期待の女性鵜匠らしい。伝統に変化を加えて伝統を不変のものにしようというのは、悪くないことだ。　▼随分前だが、武蔵野の吉祥寺に行った折、焼き鳥の「いせや公園店」に入ったことがある。安くておいしく、古くていい―で人気の店だ。その「いせや公園店」の話題もニュースが報じたことだが、建て替えられるという。同店は62年前に開店し、昭和のままが好まれた。が、続けるのは老朽化で難しくなったという。古くていい―が消えるのは残念だが、面影を残して建てるそうで、新店舗も楽しみである。営みに変化を加えて営みを不変のものにしようというのは、悪くないことだ。　▼随分前だが、東京に行った折、威風をもって建つ国会議事堂を見上げたことがある。言うまでもないが、政治の中心である場だ。その国会議事堂にかかわる話題もきのうのニュースが報じたことだが、「首相が自民党総裁との会談を求め、自民側は拒否」「民主党と自民党の幹事長は極秘会談」…。こっちは相変わらずだ。議会の歴史は1世紀を越え、人や政権の変化はあっても政治に変化もない。愚が不変なばかりである。建て替える必要もないくらい国会議事堂が立派なだけである。</description>
      <pubDate>Thu, 17 May 2012 11:00:56 +0900</pubDate>
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      <title>65回目のカンヌ国際映画祭</title>
      <link>http://e-kensin.net/column/details/2563.html</link>
      <description>　▼65回目のカンヌ国際映画祭(16―27日、日本時間17―28日)が始まる。今回は、残念にも賞を競うコンペティション部門に日本の監督の作品の出品はない。が、イランのアッバス・キアロスタミ監督の映画「ライク・サムワン・イン・ラブ」が出品される。同作品は、キアロスタミ監督が「日本で日本映画を撮る」ことを切望して製作された。監督以外はスタッフもキャストも日本人で、しっかり日本映画だ。　▼元大学教授の老紳士がいる。夜に男性のエスコートをすることもある女子大生がいる。祖父と孫ほどに年齢の離れている二人の物語という。二人は愛し合えるのか。二つの孤独な魂はどうなるのか。詳細はわからないが、同作品は現代日本の人間関係をとらえた作品という。「友だちのうちはどこ？」「そして人生はつづく」「オリーブの林をぬけて」の〝ジグザグ道3部作〟や「桜桃の味」…。キアロスタミ監督は、人間が生きることの賛歌を紡いできた。同作品もそうに違いない。　▼日本で映画―の思いは、10年越しだったそうだ。思いを実らせ、撮影準備をしていた矢先、大震災が起きた。が、思いにこだわり、撮影に入った。そして、「仕上がりには満足」というから、同作品は心に染みるに違いない。映画ファンは、賞の行方も公開も楽しみだろう。「ライク・サムワン・イン・ラブ」と言えば、ジャズのスタンダードにそれがある。公開は夏で、ジャズ好きでもある人はそれまで同曲の演奏を聴きながら待つもよい。きょうは、政治のうんざり話などとは違う話。</description>
      <pubDate>Wed, 16 May 2012 11:47:44 +0900</pubDate>
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      <title>1945年、日本は第2次世界大戦の</title>
      <link>http://e-kensin.net/column/details/2562.html</link>
      <description>　▼1945年、日本は第2次世界大戦の連合国に降伏し、連合国軍の占領下に入った。7年後の52年、サンフランシスコ講和条約の発効によって主権が回復した。それからことしで60年になるわけだが、世界を驚かせる発展を成した。同じ日本である沖縄は、そのまま米国の占領下に置かれ続け、72年に日本に返還された。本土に復帰してことしで40年になるわけだが、沖縄は発展から遠く、現実は甚だ厳しい。　▼沖縄が日本に返還されたのは5月15日。きょう本土復帰40周年の式典などが行われるが、沖縄の人々に喜びはあるだろうか。沖縄と本土との状況の差は復帰の差、20年の差ではない。日本の国土に占める割合が0.6％という狭い沖縄に、在日米軍の基地の75％(面積)が集中する。復帰したものの、基地は返還されず、元通りの沖縄で戻らなかった。基地依存の経済、基地に妨げられる発展性、基地に損なわれる日常生活…。そういう中で明日を開いていくことなど誰にもできまい。　▼「…血と汗をもて守り育てた／沖縄よ／我らは叫ぶ／沖縄よ／我らのものだ／沖縄は／沖縄を返せ／沖縄を返せ」。沖縄では返還前、この「沖縄を返せ」が盛んに歌われた。95―96年に少女暴行事件など米兵犯罪が続発すると、同歌は再び怒りをもって歌われた。反基地運動がうねり、普天間飛行場返還が97年に約束されたが、飛行場移転先は同じ沖縄の辺野古という。72年の5月15日から40年、本当の復帰でなくきて、そしてなお悲しくも「沖縄を返せ」の実現は先のどこにも見えない。</description>
      <pubDate>Tue, 15 May 2012 13:07:56 +0900</pubDate>
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      <title>「富士山百人一首」というのが作られている</title>
      <link>http://e-kensin.net/column/details/2561.html</link>
      <description>　▼「富士山百人一首」というのが作られている。昨年、静岡県が富士山を詠んだ歌人の歌で心に残るそれを全国から募り、選んだものだ。古くは、山部赤人「田児の浦うち出でてみれば真白にぞ不二の高嶺に雪は降りける」。新しくは、小島ゆかり「純白の石鹸で手を洗ひたり富士を見に行く十月の朝」。100首は万葉歌から現代歌に及び、富士山が今も昔も人を魅了する存在であることを浮かび上がらせる。　▼日本の美、日本の象徴とも言えるそんな富士山に関し、驚くニュースが報じられた。富士山の直下に活断層が存在する可能性が高い―。文部科学省が3年間にわたって実施した調査の結果である。活断層は北東―南西方向に伸び、約30㌔に及ぶらしい。マグニチュード7クラスの地震を起こし、地震の揺れで山崩体壊を発生させる恐れがあるらしい。東側斜面が崩壊し、岩屑(せつ)雪崩や泥流が御殿場方面を襲うだろうという。調査チームは、関係する自治体に説明を始めたという。　▼富士山は、活火山である。延暦噴火に貞観大噴火に宝永大噴火。過日は噴火の問題も話題になったが、噴火も重ねてきた。富士山は自然の恵みであるが、それだけでない。自然には牙もあることを一層かみしめねばなるまい。「富士山百人一首」の100番目の歌は田中章義「むらぎもの心に聳ゆる山在るは嬉しかりけりふじのくにに生れて」。調べれば、美しい富士山の国日本には自然の牙はまだあろう。その牙にも負けず、より生まれてうれしいと言える国を造っていきたいものだ。</description>
      <pubDate>Sat, 12 May 2012 10:10:00 +0900</pubDate>
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      <title>福井の敦賀原発は、1号機が運転42年に</title>
      <link>http://e-kensin.net/column/details/2560.html</link>
      <description>　▼福井の敦賀原発は、1号機が運転42年に及んで老朽化を懸念され、増設計画もある。高速増殖炉もんじゅはトラブル停止中で、廃炉などが検討されている。両原発が立地する敦賀市の市長は昨年、お歳暮として大臣や国会議員に越前ガニを贈っていた。9日、市民団体がその市長を贈賄容疑で告発することを決めたという。市長はお歳暮に意図はないとしているが、原発増設やもんじゅ存続を訴えてきた人だ。　▼このカニ問題に思い浮かんだのは、「原子炉の蟹(かに)」(長井彬著)である。1981年に江戸川乱歩賞を受賞した推理小説だが、原発を舞台にし、その問題性も浮かび上がらせた一編だった。利権が絡む原発建設、安全の危うさ、放射能が舞う内部、原発労働者の過酷さ、電力会社の隠ぺい体質…。あらためて同書に目を通したが、そこは虚構でないことをかみしめさせられた。くしくも81年、敦賀原発も原発の問題性を浮かび上がらせた。放射能廃液の大量流出事故が発生した。　▼原発は、70年代までに11カ所・21基が稼働していた。反対運動が起こり、事故も起こるが、80年以降も建設は続き、日本は17カ所・54基と世界3位の原発国になる。「原子炉の蟹」に記された原発の問題性は、福島第1原発禍で目の当たりにすることになった。それでも、カニのお歳暮なのである。全原発が休止したが、稼働を求める声、稼働へ導く動きも小さくない。きょうは、原発禍も招いた震災発生から14カ月の節目の日。原発をどうするのが一番かについて少しでも考えようでは。</description>
      <pubDate>Fri, 11 May 2012 10:01:05 +0900</pubDate>
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      <title>琵琶湖にある竹生島の弁天様は</title>
      <link>http://e-kensin.net/column/details/2559.html</link>
      <description>　▼琵琶湖にある竹生島の弁天様は満月の夜、魚たちとうたげを開いた。場を盛り上げた魚には褒美があるのだが、アユは銀色の姿を輝かせるだけ、フナはおしゃべりをするだけだった。コイは口をパクパクするだけで、弁天様はがっかりするだけだった。が、そこにナマズが現れ、弁天様の奏でる琵琶の音に合わせて歌い、踊った。みんなを喜ばせ、うたげは大盛上がりした。褒美をもらったのはナマズだった。　▼神の聖地の竹生島を舞台にした滋賀県の民話「竹生島とナマズ」である。ナマズをたたえる楽しい話である。政治の聖地(であるはず)の国会でも、そんなふうにナマズが場を盛り上げてくれるのなら言うことなしなのだが、残念ながら…の行動を取るだけというのである。永田町の実話は「竹生島とナマズ」とは真逆で、どうしようもない。ナマズと言えば、地震を起こす―が誰もが知る伝承だが、場を揺さぶるナマズである。そんなナマズは、むろん民主党の小沢一郎元代表である。　▼「小沢家の押し入れには札束がぎっしり詰まっている」は、永田町の都市伝説である。小沢さんというナマズも褒美をもらうのは得意だったらしい。が、それが災いして陸山会事件を生んだものの、無罪判決(地裁)を受け、党員資格停止処分も解除である。表面に現れるや、消費税や復権で党への揺さぶりを本格化させるという。陸山会事件では高裁控訴が決められ、本人も党も揺らされる状況が続く。政治の混迷が見える。そして、今以上の混迷で、増えるばかりは国民の悲話である。</description>
      <pubDate>Thu, 10 May 2012 10:26:56 +0900</pubDate>
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      <title>楽しみにしている人が多いのではないか</title>
      <link>http://e-kensin.net/column/details/2558.html</link>
      <description>　▼楽しみにしている人が多いのではないか。道立近代美術館など主催の「大原美術館展」の開催(5月19日―7月8日)が来週に迫った。大原美術館(倉敷)は、実業家大原孫三郎が1930年に開設した。西洋美術・近代美術を展示する美術館としては日本最初のもので、充実した作品収蔵を誇る。モネ、ルノワール、べナール、ユトリロ、マティス、ヴラマンク…。同展では主要な画家の80作品が味わえる。　▼大原美術館の作品収集は、画家児島虎次郎が主に担った。児島は、欧州へ行く機会が得られない多くの日本の画家のために西洋美術の実物を日本へもたらすことの重要性を説いた。大原はその考えに賛同し、収集が始まり、美術館開設に至った。影響を及ぼし合い、刺激を受け合い、芸術は豊かになっていく。いろんな実りを生んでいく。大原美術館は日本の画家の光や水となり、日本の実りを増やした。同展には日本の画家の作品も多数展示され、そんな高め合う芸術の姿も味わえる。　▼話は変わる。同展についてだけ書きたいのだが、どうも今の欧州のことが気になり、そうせざるを得ない。モネ、ルノワール、べナール…。先の彼らはフランスの画家だが、仏大統領選でサルコジ氏が敗れた。欧州危機に対応する緊縮財政策が転換されることとなった。芸術と違い、経済は負を与え合う。欧州危機の行方、日本の行方も懸念されることになった。早速、円高を見た。先はどうなるのか。楽しむことを減らすこっちの問題には、不安を大にしている人が多いのではないか。</description>
      <pubDate>Wed, 09 May 2012 10:02:05 +0900</pubDate>
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      <title>つくば市の竹園に友人が暮らしている</title>
      <link>http://e-kensin.net/column/details/2557.html</link>
      <description>　▼つくば市の竹園に友人が暮らしている。竹園は筑波大の近くにあり、勤め先が筑波大だから、そこを選んだ。北条は竹園と遠くはなく、北へ10㌔余りのところにある。状況が違ったら、北条に暮らしたかもしれない。「そんなことを考えてぞっとした」り、「こっちで発生したかもしれないと考えては、ぞっとした」り…。友人は、災害はどこで起きても人ごとではないことをあらためてかみしめたという。　▼竜巻がつくば市の北条を襲った。ニュースで被害のすさまじさ、すなわち竜巻のすさまじさを見せつけられた。またたくまに約300棟の家々を破壊した。中学生の少年が亡くなり、40人近くが負傷した。竜巻は上条にとどまらず、筑西市で90棟、常陸大宮市では43棟が損壊する被害を受けた。隣の県の栃木でも襲われた。茂木町で112棟、真岡市で132棟、益子町では207棟が損壊したという(7日午前確認)。春を迎えて楽しさが増えるはずの暮らしが一瞬で吹き飛ばされた。　▼被害のすさまじさは3・11震災を思い浮かばせるが、北条ではその被災者たちがまた被害を受けた。竜巻が襲った雇用促進住宅には福島第1原発禍で避難した福島の20人がいた。むごくも、再出発への暮らしも吹き飛ばされた。被災した地の早い復旧を願うが、ばかりか、ここはつくば市の友人の実感をこちらもかみしめねばならないだろう。恵みもだが、災害も多い日本である。そこに生まれた者としては明日はわが身―を心し、もろもろの災害を受けた人々に心を寄せて暮らしたい。</description>
      <pubDate>Tue, 08 May 2012 10:00:53 +0900</pubDate>
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      <title>日本国憲法にこう記される。</title>
      <link>http://e-kensin.net/column/details/2556.html</link>
      <description>　▼日本国憲法にこう記される。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」。第９条である。きょうの「憲法記念日」には、ことしも全国各地で集会が催される。９条を守り、平和や核廃絶を求めていくことが確認される。一方、改正の必要性も確認されたりするが…。　▼憲法にはまたこう記される。「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする」。第条である。９条の尊重も平和や核廃絶の追求も国防の重視も甚だ大事だが、人が尊重されて生きられることの問題も同様に大事だ。大震災で浮き彫りになったのは、この大事を小さくされていることだ。被災地の人は、厳しい状況に身を置く。憲法とはかけ離れている。　▼憲法にはこうも記される。「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」。第条である。さらに「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。第条である。被災地の人は、それらを有せずにいる。原発禍の福島は永年にわたってだが、住む場を限られている。職も限られ、生活保護も失業手当も切られたりしている。生活を営む権利はどこに？大震災を負った日本は、今や憲法全てをかみしめねばならないところにある。</description>
      <pubDate>Thu, 03 May 2012 18:30:00 +0900</pubDate>
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