真砂徳子の起ーパーソン 明日をひらく人々 第19回 鶴雅グループ㈱阿寒グランドホテル 代表取締役社長 大西 雅之さん

2010年09月10日 10時54分

 NPO法人阿寒観光協会まちづくり推進機構の理事長でもある大西さん。顧客サービスのクオリティーの高さで定評のある鶴雅グループの経営者としてだけではなく、地域おこしのリーダーとしても知られています。阿寒町は、国内最大のアイヌコタンと太古をほうふつさせる自然を有する町です。観光客がたいまつを手に町を練り歩き自然保護を祈るという、アイヌの人々の儀式を模したイベントの開催や、生物多様性保全の観点から官民一体となったまりもの自然再生事業をけん引するなど、地元に根付く魅力を最大限に生かした仕掛けを次々に展開。「観光事業と地域は運命共同体」と、力強く話されます。

「あかん遊久の里鶴雅」は、日経MJが全国の旅館経営者を対象にした調査で、経営の参考にしたい宿として、和倉温泉の加賀屋に次ぎ全国2位に選ばれています。顧客満足度の追求とまちづくりを意識した経営姿勢は、旅に個性を求める個人客が増加する中、ますます注目されるのではないかと感じます。

大西 雅之さん

大西 私の旅館経営は「家業」だと思っています。地元に根付き何代にもわたって受け継がれる生業(なりわい)です。地元あってこその家業。町づくりは、この地と共に生き続けていくという私たちの思いの表れなんです。

 さらに鶴雅は辺境地の宿。首都圏のお客さまに、高いお金と長い移動時間を掛けてでも泊まってみたいと思われるには、まず北海道が選ばれ、北海道の中でも道東が選ばれ、その中で阿寒を宿泊地に選んでいただくという段階を経なければなりません。

 「アイヌ文化の伝承」しかり、「まりもの自然再生事業」しかり。町おこしで、地元特有の魅力を磨きはぐくみ、地域のブランド力、私は「郷土力」と呼んでいますが、それを高めれば私どもの宿をお客さまに選んでいただける可能性は高くなります。観光事業(鶴雅)と観光地(阿寒)と観光エリア(道東)は三位一体。それぞれを盛り上げ高め合っていく経営視点は、観光地で特に必要だと思います。

一昨年には「しこつ湖鶴雅リゾートスパ水の謌」、今夏には「定山渓鶴雅リゾートスパ森の謌」を開業されました。道央圏の新たな拠点に期待されることは。

大西 人口は札幌圏に集中、首都圏からの空路も新千歳空港に集中しています。さらに国内マーケットは依然、縮小傾向。人が集まりづらい環境下で、正直、川湯も知床も阿寒湖も客入りは伸びていない状況です。このままでは、どんなに観光資源に恵まれていても、思うほどの集客は望めないと考えました。

 支笏湖と定山渓は、この厳しい時代を生き抜いていくための「打開の地」。道東での経営を地道に続ける一方で、これまでお客さまの声を励みにスタッフ一丸となって培ってきた鶴雅のサービスで、人が集まりやすい道央圏にも打って出てみようと思いました。

マーケットの縮小に加え、消費者の嗜好(しこう)は移りやすい時代です。新たな投資は、勇気のいる決断だったのではないでしょうか。

大西 時代は常に動いています。それに伴いお客さまのニーズが変わるのは当然です。経営環境が思わしくない時代だからとチャレンジもせず、ただ静観している方が、私にとっては勇気のいることでした。

 旅館業は本来、お客さまからの反応を肌で感じられる、楽しくてクリエーティブな仕事なんですよ。切り詰めてばかりの経営で私もスタッフも萎縮(いしゅく)してしまったら、宿づくりに生きる豊かな発想も生まれにくい。挑む経営は私たちのモチベーションを上げ、鶴雅ならではのおもてなしの質の向上につながると思いました。

お客さまに選ばれる宿であり続けるために、心掛けていることは。

大西 他と競争をしないこと、つまり競合しない個性を追求することです。という私たちも、かつては価格競争に参入し、薄利多売で数を追い求めるあまり顧客サービスが行き届かず、ついには大手旅行会社から「送客停止」の通告を受けてしまった苦い経験があります。

 その反省から、お客さまの要望の分析や館内の情報を管理するITシステムを自社開発し、徹底的なおもてなしの向上に努めた結果、価格競争からはずれ、割高でも集客できる宿として認知されるようになりました。阿寒の郷土力も、お客さまに他と差別化していただけた重要な持ち味です。

 町も宿も、生涯をかけた作品づくり。時代に合わせ進化し、継承していくものづくりのリレー、だととらえています。私の代の役目は、作品を自由に描けるキャンバスをつくること。次世代には、このキャンバスを大いに活用し、鑑賞してくださるお客さまから感嘆の声がもれるような作品をどんどん生み出してほしい。多くの人を喜ばせるこの世に一つしかない魅力的な町や宿を創造し続けてほしいと、願っています。

取材を終えて

心の通い合いが原点に

 アイヌの文化には、日本人が失ってしまった心を感じる、と話す大西さん。講演では「あなたの心にそっと触れさせてください」を意味するアイヌ語(イランカラプテ)であいさつし、北海道の魅力をより深く伝えているそうです。心の通い合いを大切にしていたアイヌの人達の幸福観に、鶴雅のおもてなしの原点を垣間みるインタビューでした。


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