気象キャスター歴13年目の菅井さんは、2005年より、札幌の放送局で北海道の天気予報を担当。的確な予報と生活者の実感が伝わる親しみやすい語り口は、すっかりお馴染みです。「北海道ファンが高じ移住を決意した」と微笑む神奈川県出身の菅井さん。昨年発売の著書「なるほど!北海道のお天気(北海道新聞社刊) では、空模様を通し、特異で多様な北海道の魅力を紹介して話題となりました。気象予報士の探究心と北の大地に魅せられた移住者ならではの視点で、北海道の空を日々みつめている菅井さんにお話を伺いました。
私も埼玉県からの移住者。北海道の美しく劇的な四季の移ろいに思いを寄せている菅井さんのコメントや活動には共感を覚えます。
菅井 北海道は広く、風土も気候も変化に富んでいます。各地の気温差は大きく、天気予報もさまざま。伝えなくてはならない情報も多く、他府県に比べ天気予報の放送時間も長い。気象予報士としてもやりがいを感じる地域なんですよ。
とはいえ、北海道には一般的な気象常識が必ずしも当てはまらず、正直予報は難しいんです。例えば、「晴れ時々雪」と表記する予報があります。これは、気温が低いため融けずに風に流された雪が、雪雲が全く見当たらない晴れた場所で降る北海道特有のお天気です。
さらにデータや観測網も不十分。17㌔四方に1カ所の割合で設置されているアメダス観測所だって、全国の尺度でみれば緻密(ちみつ)ですが、札幌ではわずか2カ所しかなく、精度の高い予報をするためには、私たちがデータだけに頼らず、視聴者の皆さん同様、生活者として天気をどれだけ五感で感じているかも重要です。
移住し5年余り。道産子の皆さんは「最近雪が少なくなった」と言いますが、今の私では、そのような変化を実感するほど経験則がないのが口惜しいところ。皆さんともっと「天気」を共感できるように、過去のデータをひっくり返してくまなく調べるのはもちろん、取材先では天気に特に敏感な農業や漁業に携わる方々から、専門書には載っていないけれど地元の人だからこそ知っているお天気豆知識を積極的に教えていただいています。北海道の皆さんと自然に、気象予報士として育てていただいていると思います。
このごろは、地球温暖化に対する関心から、天気に注目する人も増えています。天気予報を伝える上で、心掛けていることはありますか。
菅井 確かに、今夏の猛暑や近年の暖冬など、例年にない記録的な気象をお伝えすることは多くなりました。こうした気象データは「異常気象」の証。放送に携わっていると、その数値だけを大々的にお伝えしがちですが、データが物語る「地球の言葉」を推し量り、少しでも代弁できるよう意識しています。
天気予報が伝えている未来は、空模様の移り変わりだけにとどまらないということなんですね。
菅井 近ごろは、気象と経済のかかわりも気になっています。企業などが、業績を左右する天気に保険を掛けてリスクを避ける「天候デリバティブ」の市場は広がり、各国間で排出枠を超えた温室効果ガスを取引する「排出権取引」も活発になっています。ドイツでは低気圧や高気圧の命名権を売買するユニークなビジネスも生まれているんですよ。
気象にかかわるビジネスの動きは日本ではまだ首都圏が中心ですが、北海道は天気が大いに関係する一次産業や観光業が盛んで、風力や雪氷熱など豊かな自然を活用した新エネルギーの生産も期待されている場所。有利なビジネスチャンスが、今こそやってきているのではないかと感じています。
ほかにも、最高気温の記録によれば「北海道の夏は沖縄より暑い」とか、「列車・カシオペアの名前は、北海道でだけ通年みることができる星座に由来している」とか…。そんな知られざる北海道の話題も、お天気情報にはあふれているんです。私がお天気を知れば知るほど、ますます北海道のことが好きになったように、これからもたくさんの方々にもっと北海道の良さを知っていただく情報を届けたい。お天気の専門家としてだけではなく、自称・北海道の応援団として、さらに活動の幅を広げていきたいと思っています。
取材を終えて
誠実な人間性に信頼が
駆け出しのころ、間もなくの最新データでは予報が変わると分かっていたのに放送時間の都合で紹介できず、そのせいで大切な予定をふいにした人はいなかっただろうか、と今でもよく振り返る、という菅井さん。「天気予報は人間活動に欠かせない情報。丁寧に伝えたい」と力強く話してくれました。菅井さんの予報に信頼が集まるのは、伝え手としての責任感と、視聴者の日々にまで心を配る誠実な人間性が、画面から伝わってくるからなのだと思いました。