札幌オオドオリ大学(通称・ドリ大)は、まちに関わるヒト・コト・モノを切り口にさまざまな無料公開講座をプロデュースし、市民に「学び」と「交流」の場を提供する教育事業です。「授業」と呼ばれる講座は、学生登録すれば誰でも受講でき、元オリンピック選手を講師に招いたカーリング教室やパッケージの工場見学、近郊農家の教授による農作業体験や、本好きの子どもが先生となり絵本の魅力を伝える等、教師も教室も内容も実に多彩で、昨年2月の開校以来、4歳から80代までの1000人以上が、思い思いの授業を選択し学んでいます。「ドリ大は学び合いの場」という猪熊さんにお話を伺いました。
ドリ大は、学びの門戸を広げているだけではなく、地域づくりの観点からも注目されています。特徴は。
猪熊 ドリ大は、東京都渋谷区を拠点にする有志が5年前に開校した「シブヤ大学」のコンセプトを基に、その運営ノウハウの移転プロジェクトの一環で始動しました。私たちは、京都カラスマ大学、大ナゴヤ大学に次ぐ3校目の姉妹校です(姉妹校は現在8校)。
こうした広がりの背景には、隣近所のつきあいの希薄化や地域コミュニティー崩壊が懸念される社会を何とかしたいという各地共通の思いがあります。実際、ドリ大の授業には、老若男女問わず同じ興味や関心を持つ学生が集まり、世代や職業等の垣根がないコミュニケーションが生まれています。
また講師は、テーマに沿った専門家にお願いしていますが、講師経験がある方ばかりとは限らず、教えることの難しさを知ったり、ご自身の活動を改めて見直したり、学生さんの質疑や意見からアイデアをもらうことも多いそうです。これまでの生涯学習やカルチャースクールとは趣の異なる「双方向の学び」を始点に、地域づくりの核となる人間関係をつくる。私が目の当たりにしている「学び合い」は、結果として、そこにたどり着くのではないかと期待しています。
猪熊さんは、なぜドリ大の運営に携わろうと思われたのでしょうか。
猪熊 学生時代は、建築デザインを学んでいました。私は、建築やアートが大好きで、しかも気に入った作品は多くの人に観てほしくて、傾倒するアーティストや友人知人の作品を集めては、イベントや展覧会を仕掛けていたんです。ただ、学問としての「建築」には関心があっても、建築家として独立したり、建築会社やコンサルティング会社への就職は、思い描く将来ではない気がして。
進路を決めかねていた時、1年間休学し、母が経営しているグループホームを手伝いました。そこでは、入居しているおじいちゃん、おばあちゃんから「人生一度きりなんだから、楽しくやりなさい」と言われたり、時には、おむつ替えしたおばあちゃんに「あんたは、おかあちゃんみたいだ」と言われたり、掛けてもらう言葉ひとつひとつにすごく感動して。介護の現場で味わった喜びをきっかけに、沸き上がる、〝いいな〟というこの実感を、より誰かに伝えるにはどうすればいいだろうと、模索するようになりました。
ドリ大との出会いは、アートやデザインではくくることのできない、日常の中のクリエーティビティーを見いだしたいと思い始めた頃。ここに集う皆さんに、〝いいな〟を感じてもらえるような授業や機会を少しでも提供できれば、道半ばの自分自身にとっても、今後の糸口になると思いました。
ドリ大を通し、猪熊さんがお感じになる「学び」の価値とは。
猪熊 「学び」の価値が、知識や経験の集積による能力の向上だとすれば、互いのそれを分かち合えるドリ大では、一人机に向かうだけでは到底及ばぬ速さと規模で、その価値が拡大します。それに学びが深まり、問題意識が芽生えたら、仲間が共に思案してくれるかもしれない。手を貸し、知恵を貸してくれるかもしれない。ドリ大を介した人と人との出会いが、いずれは、まちの課題解決の力になることも夢ではないと信じています。
開校から1年。私自身、あいさつを交わす人が驚くほど増え、まちがより好きになりました。多くの他者と関わり、それぞれの特性を知り、その中で自分は何ができるんだろうと問ううちに、ささやかでも「自分だからこそできること」がみえてきて、思っている以上に「自分は1人では何もできないこと」にも気づけました。それに、まちを好きになればなるほど、「札幌だからこそできることは」と、まちが自分のことのように気になるんですよね。
ドリ大が根付けば、まちに思いを寄せる人が増え、何とかしなくちゃとアクションを起こす人も出てくるはず。その時こそ、私たちの腕の見せどころ。ドリ大をフィールドに、世代間や所属等のしがらみを緩やかにほぐして、すんなりと事が運ぶような力添えができれば。ドリ大は、「学び合い」により、厚みのある知識や知恵やマンパワーが集結するプラットフォーム。このような役割が、これからの地域づくりに求められている気がします。
取材を終えて
卒業しないのが優等生
「卒業しないのがドリ大の優等生」という猪熊さん。定年退職後、ご実家のある旭川に戻った学生から、今も積極的に異分野の人と交流を楽しみドリ大生を続けているんです、と報告され本当に嬉しかったと話してくれました。ドリ大がまく「気づき」と「発見」の種が、まちにどんな花を咲かせ、実を結ぶのか、楽しみになるインタビューでした。