地域に根ざした小規模な八百屋でありながら、地元客のみならず道外からも問い合わせが多い「フーズバラエティすぎはら」。食卓に欠かせない生鮮食品に加え、話題の新野菜や全国各地の名品など、他店や有名百貨店でも取り扱いの少ない珍品が並ぶ品揃えが魅力です。杉原さんは、68年続くすぎはら3代目の店主。各地に大規模な商業施設の出店が相次ぎ、商店街は廃れ、八百屋はじめ小売業の閉店も後を絶たないと言われる中で「商品は売り物ではなく食べ物。流通の一端を担う、いち八百屋として真剣に売りたい」と意気込みます。
杉原さんが、八百屋さんの経営者として心掛けていることは。
杉原 私たち個人経営店の商品は全て買い取り。ですから、最後の1個まで責任をもって売れるものを吟味してそろえています。まずは商品を食べ、自分たちが買いたいと思える味であれば、メーカーに掛け合い取り寄せる。青果物も、畑に出向き土の状態や農家さんの人柄をみて取引を決めているものがたくさんあります。
それだけに、お売りすると決めた商品には思い入れもひとしお。売り場でも、それがいかにおいしいか、どうすればもっとおいしく味わえるか、伝えたいことが山ほどあり、接客だけじゃ言い足りないので、ポップで詳しく説明しています。お客さんには、商品の詳細を理解していただき、納得の上で購入してもらいたいですからね。
実は以前、繁盛しているスーパーをまねて、安売りに懸けた時期もありました。もともと、先代は品選びに妥協しない店主でしたが、私が家業を継いだ頃から各店の安売り合戦が激しくなってきていたんです。薄利多売で売り上げは確かに伸びました。でもうちには多店舗展開の店と競争を続けられるほどの体力が無く、その後すぐに売り上げは落ちました。
お客さんにも怒られてね、「欲しいものがなくなった」と。結局バーゲンハンターにも常連さんにもそっぽ向かれ厳しい状況に追い込まれていた時に、母が個人的に気に入っていた通信販売の天然だしを、うちでも売ってみないかと提案してきたんです。
通販のみで扱われていた商品でしたから戸惑いましたが、直接メーカーに連絡してみたところ、思いのほかあっさりと取引の了解をいただけて。お客さんにも「こういう商品を待っていた」と喜ばれました。しかも、割高なのによく売れたんですよ。
それからは、問屋経由の仕入れや目先の儲けに頓着せず、まずは良品をそろえることに力を注ぎ、徐々に利益も出るようになってきたんです。
杉原さんは、野菜ソムリエの資格を持ち、青果物を扱うスペシャリストとして、講演活動などもされています。とりわけ、勉強熱心な八百屋さんとしても知られていますよね。
杉原 資格取得は、故・相馬暁先生(農学博士)の言葉がきっかけでした。先生は、八百屋稼業にやりがいを見出せずにいた私に「八百屋は、生産者と消費者のつなぎ役。食べ物を伝える素晴らしい職業なのに、あなたは勉強不足だ」と。
考えてみれば、うちの売り物は、農家さんが、1年に一度の収穫に懸け真剣に作ってくれた食べ物です。そのような背景に目を向けず、利益を優先して買いたたけば、翌年の生産にも響いてきます。
もちろん私も、利益が無ければ生活できませんから、それも含め消費者の皆さんに負担してもらうのが買い物。ならば、つなぎ役の私たちが、お金を支払うに足る商品を見極め、合点していただく説明もさせていただかないと。それが八百屋の責任。もっと勉強しなくちゃと思いました。
近頃は極端な価格破壊が進み、私たち消費者もそのコストパフォーマンスに目を奪われがちですが、品物の本当の価値を知る正確な情報を求めている人も少なくないと思います。
杉原 最近は、生産者が野菜を販売する産地直売所が注目されています。正直、いよいよ私たちの役目も終わりの時がきたかと気に掛けていましたが、ある生産者が「これまでの農法が役に立たない200年に一度の異常気象の最中。農業のプロとして、もっと作ることに専念したい」と言うんです。
そうか、彼らは「生産者」に徹したいのに、ともすれば、農産物の価値を無視するような私たち流通に任せられないから、自ら売り始めているんじゃないか、と。目が覚めました。
初めてファストフードを食べた時には、包み紙を捨てることさえドキドキしたけれど、今では、それだけじゃなく食べ残しも平気な社会。いつの間にか、大量の食糧廃棄が問われる時代になってしまいました。
この頃はよく、昔の気持ちに戻さなくちゃと、農家さんたちと話すんですよ。生産者も「とにかく作って出荷」はおかしいと思い始め、私たちも「とにかく売って利益を出す」はおかしいと思い始めています。大事なのは、適生産、適流通、適消費。流通を担う一人として、仕事を通しそれを伝え続けるのも、八百屋の役割じゃないかと思っています。
取材を終えて
時代に流されない八百屋
すぎはらでは、少量の買い物でも宅配を受け付けています。一人暮らしのお年寄りにも好評なこのサービスは、昔から続いているのだそうです。全国各地に顧客をもつほどになった今も、商売を広げるより、「地域のご用聞き」としてお客さん一人一人に応える店でありたい、と言う杉原さん。すぎはらの人気は、売り手の顔が見える小規模店だからこその配慮と、時代に流されない八百屋の頼もしさが支持され続けているからなのだと実感しました。