真砂徳子の起ーパーソン 明日をひらく人々 第39回 株式会社五島軒 取締役社長 若山 直さん

2011年08月12日 11時29分

 五島軒は、明治12年の創業以来、西洋料理店の先駆として知られています。開港以前、既に欧米の船が出入りしていたという函館は、鎖国時から外国文化に寛容な土地柄。幕末より西洋野菜も栽培され、近辺に住む和人たちは、アイヌの人たち同様、鹿肉等獣肉も好んで食べていたそうです。開港都市の先進性を背景に発展した五島軒。その原動力は、初代から継がれる「パイオニア精神」だと、若山さんは話します。

五島軒は日本の文明開化に貢献した革命的料理店として語られることも少なくないと思います。若山さんがおっしゃる「パイオニア精神」の本意は。

若山 直さん

若山 無を有に変える知恵と行動力です。振り返れば、五島軒は〝0からスタート〟を繰り返し今に至ります。創業者・若山惣太郎は、東京の日本橋で米相場に失敗し来函。そして初代料理長の五島英吉は、戊辰戦争で幕府軍側に従軍し、五稜郭落城後かくまわれていたハリストス正教会でロシア料理を学んだ元長崎通辞(通訳)。五島軒の開店は、2人が人生の再起をかけ臨んだ、日本における新たな飲食分野開拓の試みでした。

 2代目は、東京の帝国ホテルで修行し、秋山徳蔵氏(昭和天皇の料理長)に「抜群の調理能力と類例の少ない舌(味覚)の持ち主」と言わしめたほど西洋料理を究めた人物。庶民食のカレーライスやオムライスを〝ごちそう〟に昇華させ、結婚式をはじめとする宴席の西洋料理も考案。「ロシア料理とパンの店」改め「フランス料理と洋食」の看板を掲げ再出発していた五島軒の本格的な味の基盤を確立しました。この間大火で店舗を2度消失。再建しています。

 私の父である3代目は、就任間もなく太平洋戦争勃発。戦後は、店が米軍の司令部として進駐軍に接収されるも、顧客のためにケータリングでカレーのルー等の販売に乗り出しました。食糧難のご時世に飲食業の使命を痛感しての新展開で、くしくも五島軒の味はさらに大衆に広まり、接収解除後の多店舗経営に拍車がかかりました。

 私が4代目に就任したのは、青函トンネル開通を目前に函館が観光都市へと変貌を遂げる時期。一方で、少子高齢化による地方都市の著しい人口減少も見据えていました。その中で、先代が広めた五島軒の味を函館市民以外にもご提供する新たな切り口を模索した結果、思いついたのが缶詰のカレー。

 観光客等が持ち帰り各家庭で味わっていただければ、他都市に出店し市場を拡大するよりも、来店客数が減る事を将来を見越した〝胃袋〟の減少を補えると考えたんです。

五島軒の味は、ハイカラな〝ごちそう〟感も魅力。缶詰販売による大量流通で、ブランド力低下の懸念はありませんでしたか。

若山 五島軒が目指してきた味は、文学でいえばシェイクスピア。同時代の沢山の作品の中でシェイクスピア作品が時代を超越し輝いているように、親しみやすく食べやすくても、家庭では出せない普遍の味を追求してきたんです。缶詰でも味が劣化しては五島軒の名折れ。それだけに製造は試行錯誤でした。

 調理済みの料理を1秒間130度もの高温で熱し缶に詰め製品の賞味期限を保ちますが、それではカレーが限りなくこげた状態になり味の組成がこわれてしまう。そこで弊社は、熱する際に初めて煮込んだ状態になるよう、大げさに言えば半生のカレーを詰め缶内部で熟成させる画期的な方法で、レストランのカレーに限りなく近い美味しさを実現しました。

 開発に3年。料理人の技術と気概の結晶ともいうべき缶詰カレーを天皇陛下もお気に召し、来函時の昼食に五島軒のカレーをご所望なさった事が大きな話題にもなって、口コミで注文が殺到。その後、コックのまかないを模したポークカレーもレトルトで製造し、おかげさまで、いずれもリピーターの多いロングセラーに。

 デフレの時代にあっても赤札販売した事はなく、今でも総売上14億のうち外商で5~6億円を売り上げ、外食産業ふるわぬ時代に、弊社のブランド力を強化する頼もしい存在になっています。

若山さんは、子どもたちの国際交流や教育事業にもご尽力されています。次世代に伝えたいことは。

若山 大学卒業後、私はドイツとフランスに留学しました。国境付近ならば2国の移動はほんの数分。それなのに、言語も料理も風習も全く異なるヨーロッパの多様性に触れ、自ずと母国・日本のアイデンティティーを意識したものです。

 今、日本から毎年1500万人くらいが海外に出かけているそうですが、留学や就職で他国の生活を体験している人の割合はそれほど多くないでしょう。旅行者ではなく、日本人に給料を払い働いてもらうとなれば、外国側の扱いががらりと変わる。

 そのレベルで外国人と交流できなければ、島国日本の鎖国的観念が消えたとは言えず、観光立国やグローバル化を掲げる政策も実質を伴わない絵空事になってしまうのではないかと危惧しています。

 国際交流や教育事業はそのための種まき。開港地の商いで生かしていただいた感謝をこめ、ここ函館からもう一歩踏み込んだ「開国」を考えた次世代育成事業にも、今後は積極的に取り組んで行きたいですね。

取材を終えて

花が咲くまで種をまく

エジソンの言葉を引き合いに「5000回失敗しても、5000通りの失敗方法を発見したと捉える」という若山さん。発明王の「発想の転換」にパイオニア精神の原点を感じるそうです。花が咲くまで種をまき続けますよ、と話す若山さんの力強さに、開港都市の歴史が育んだマンパワーを実感しました。


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