真砂徳子の起ーパーソン 明日をひらく人々 第44回 臼井鋳鉄工業㈱ 代表取締役 臼井 憲之さん

2011年10月28日 11時10分

 臼井鋳鉄工業(旭川市)が展開するブランド「CASTRON(キャストロン)」の製品が話題です。中でも、丈夫で成型しやすいダクタイル鋳鉄の特性を生かした、継ぎ目のない一体成型スピーカーは世界でもまれで、音の切れ、透明感、臨場感が格別だと、高級オーディオ専門誌上で評論家も絶賛。愛好家の間で評判となり全国から問い合わせが後を絶ちません。スピーカー製作は11年前から。臼井さんが家業を継ぎ間もなく公共事業は縮小の一途をたどり、主力のマンホールぶたの受注が大幅に減少。先行きを懸念し考え抜いた末の「新しいモノづくり」でした。臼井さんは、勇気のいる前進だったと、当時を振り返ります。

苦境に立ち、畑違いのオーディオ業界参入に踏み切った意図は。

臼井 憲之さん

臼井 マンホールぶた以外で既存の鋳鉄製品製造を試みたとしても、弊社の規模で、それを得意とするメーカーさんと同じ土俵で戦い優位に立つのは難しい。難局を乗り切るための命題は、培ってきた技術が生きニーズに応え得る「新しいモノづくり」でした。

 しかし、それまでほぼ百パーセント公共事業の受注で生きてきた会社ですから、どんな新製品をつくれば良いのか、発想が全くわかなかった。消費者側の要望が寄せられる事も期待し、当時はしりのHPも開設してみましたが、掲載内容にインパクトがなければアクセスすらしてもらえないんですよね。

 まず目指すべきは〝話題性のある〟新製品の開発だと思いました。そこでひらめいたのがスピーカー製作。私はオーディオが趣味。知る限り当時世の中に鋳鉄製のスピーカーはありませんでした。またスピーカーは〝重いほど良い音が出る〟が定説で、米国製有名ブランドのスピーカーの上には大理石が載せられているほど。鉄の鋳物は、それ自体が重い。最適だと思いました。さらに強度があるので木製と内容積は同じでも薄くコンパクトにできる。オーディオスペースを確保しづらい日本の住宅事情にも添い、これはおもしろいと。

 とはいえ、規格製品を量産し続けてきた弊社が、非常に趣味性の高い製品開発に臨むという選択は、無謀なビジネスプランだと受け取られるのではないか。それがもとで、支援してくださる関係各社の信用を失えば、経営が立ち行かなくなるのではないか。ネガティブな想像も脳裏をよぎり相当悩みました。

 でもここでアクションを起こさなければ未来は変わらない。それどころか状況はますます先細り。腹をくくり一歩踏み出したんです。開発は通常勤務終了後、オーディオが趣味の友人に協力も求め、寝る間も惜しんで取り組みました。

 アマチュアながら一流と呼ばれる数々のオーディオで音を聴き、外箱の材質による音の変化には敏感でしたから、初試作で今まで経験したことのない〝異色の音〟が聴こえた時は感動しましたよ。そのうち、作業を目にした人たちが、誰彼となく聴かせてと。その音に皆一様に目を丸くするわけです。

 スピーカー製作の評判は人づてに伝わり、開発段階ながらメディアにも取り上げられ、北海道オーディオ協会が主催するイベントにも出展できました。専門家や愛好家が集う場でお披露目の機会をいただき、販売開始前から予想以上の反響で。おかげさまで、今も特別な営業をせずご用命いただいています。

独自ブランドを打ち出し、モノづくりに対する姿勢は変わりましたか。

臼井 請け負いが常でしたが、こちらから提案するモノづくりの可能性に目覚めました。また、CASTRONはスピーカーをはじめ調理器具等人が手にとる製品が主。使っていただく姿をよりイメージできるモノづくりは、われわれの喜びだと気づけました。

 スピーカーの音質は、柔らかくしたりかちっとさせたり、お客さまの要望にできる限り対応します。一品一品受注製作するからこそできる事を大切にしたいんです。ブランド立ち上げ後も世相は相変わらず。実際、弊社の売上は半減、社員も三分の一になりましたが、会社は以前より元気ですよ。

 CASTRONが注目され、お求めいただいた方からの好評をじかに見聞きし、私も社員のモチベーションも上がっています。これまでも技術を社会に還元している自負はありましたが、われわれが開発した製品を、褒めてくださり、世に出すべきだと後押ししてくださる声が、これほど力になるとは。われわれは、お客さまに育てられているのだと実感します。

臼井さんが目指す「新しいモノづくり」とは。

臼井 今やCASTRON製品は、弊社売上のおよそ10%を占めるほど。手間もコストもかかり、けして安価とは言えない製品ばかりですが、思いがけずのご支持に、良品を長く大切に使いたいというニーズが増えつつあるとも感じています。

 われわれの技術を生かすキーワードは「復活」です。時を経て使われなくなってしまったけれど、頑丈で機能的な素晴らしい製品は沢山ありますよね。例えば、中央に煙突がついた昔ながらのジンギスカン鍋は熱が均等に伝わる形状。蓄熱性が高い鋳物で復活させたところ、とりわけ肉が美味しく焼け〝昔ながら〟の真価を知り新鮮な感動がありました。今後も、モノづくりや暮らしの原点に立ち返るきっかけになるような「新しいモノづくり」を実践して行きたいです。

 経営はいまだ楽観できませんが、乗り越えられる、と自分でも驚くほど根拠の無い自信があります。11年前、勇気を持ってスピーカー製作に踏み切ったあの一歩が、今では精神的な支え。実は大きな前進だったのだとつくづく思います。

取材を終えて

経営者には「夢」が必要

 臼井鋳鉄工業は大正14年創業。四代目を継いだ当初は責任ばかりが先だっていたと話す臼井さん。ブランド開発を通し、経営者には「夢」が必要だとあらためて強く思ったそうです。CASTRONに感じる愛着とあたたかさ。一見無機質な鋳鉄製品につくり手の心を思うインタビューでした。


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