真砂徳子の起ーパーソン 明日をひらく人々 第50回 株式会社千野米穀店 代表取締役 徳永 善也さん

2012年01月27日 11時56分

 創業72年の千野米穀店(札幌市東区)は地域に根付くお米屋さんです。一昨年より、台湾でも北海道米の販売を始め話題となっています。取り扱う米は生産地に足繁く通い見極める、熱心な店主として知られる徳永さん。転機は、16年前、米アレルギーについて知り、アレルギー治療用米の共同研究に参画した事だったと振り返ります。

お米屋さんが、なぜ研究に関わることになったのでしょうか。

徳永 善也さん

徳永 91年に家業の千野米穀店に入社。その2年後に「平成の大冷害」による凶作で米が不足し、うちにもお客さんが殺到しました。品薄で国が緊急輸入したタイ米も売りましたよ。それが同年夏になり作柄が回復。買いだめているお客さんは買わない。輸入米も新米も余る一方。米の値段は急落し、弊社の売り上げは半減して。

 そんな時、今思えば、神様が与えてくれた宝物のような偶然が重なりました。専門書籍で「米アレルギー」のタイトルが目に留まり気になって。同時期に、米アレルギーの症状を軽減するのではないかと注目されていた「ゆきひかり」の評判を耳にし、早速アレルギー対応食の専門店を訪問したところ、ゆきひかりは間もなく店頭に並ばなくなると。

 80年代には、耐冷性と食味を兼ね備え普及したゆきひかりも、当時既に作付け面積が減少。当然出荷量は少なく仕入れ困難な品種だったんです。それで、即、弊社が納品させていただきたいと申し出ました。

 その後「ゆきひかりと米アレルギー」の研究に取り組まれる小児科の先生とご縁がつながり、研究に協力させていただけないかと懇願。今後の商売に頭を悩ませていた時期。研究経験など全くありませんでしたが、経営悪化をくい止める糸口になるのではないか、と考えたゆえでした。

 研究では、臨床試験のデータや被験者の苦しみを目の当たりにし、食べ物と身体の関わりを思い知る日々。耳切れや顔の発赤、肘や膝裏側の掻痒(そうよう)。その辛苦を思い、夜を徹し研究に励むチームの姿勢からは使命感も伝わってきて。米屋も〝人を生かす食べ物〟をご提供する仕事なんだと、次第に商売に対する意識が変わっていきました。

千野米穀店の商品は、8割が北海道米なんだそうですね。

徳永 今のように道外にも広く認知される以前から、北海道米はおいしかったんです。私は比較的早くから支持し、お客様や取引先に薦めていました。研究では寝ても覚めても、宴席でさえも米の話題。米の成育過程のこと、構造、おいしさと栄養成分の関わり、土壌や農薬について等、専門家が丁寧に教えてくれ、北海道米が良食味たる科学的根拠もよく理解していましたからね。

 ある時、取引先の料理人から、ロットが同じ米でもおいしさに差があると問われ、調べると、稲の移植の時期が違っていたり、乾燥調整がうまくいっていなかったり。おいしいお米を仕入れるためには、そこまで細やかな配慮が必要だと実感。

 それからは、できる限り生産者さんを訪ね、時には、研究者の専門的アドバイスを聞き伝えて、惜しみなく協力しています。生産者さんには、プライドを持って作った一番おいしい米を出してくれと。そんなことを言ってくれた米屋はいなかった、と彼らも喜んでくれて。生産者さんの志を感じ私も嬉しくなりました。何よりもおいしさが最優先。自身の誇りにかけて、食卓においしい米をご提供したい。生産者さんと私の気持ちは一つです。

 北海道米は海外でも好評。一昨年春、台湾の百貨店の催事に初めて出店し、厳選した600kgの北海道米を、魚沼産コシヒカリと同額で販売。開催期間終了を待たず売り切りました。北海道米の食味に自信を深める盛況でしたが、私はただ売りたいのではなく、そのおいしさを伝えたかった。

 完売後も試食用の米を炊飯し、一人でも多くのお客さんに味わってもらえるよう努めていました。その様子に百貨店の上層部も共感してくれて。北海道米の人気と品質の高さも認めていただき、すぐに取引が決まり、海外での販路の足がかりになりました。香港での商談も順調で、すでにご注文いただいています。

地元のニーズに応えながら、世界の市場も展望される徳永さんのビジョンは。

徳永 一昨年、札幌の百貨店内に北海道米のセレクトショップをオープンしました。食味の特徴が違う米を気軽に楽しめるよう、多種少量ずつ小分けにした、ギフト向け商品をはじめ、ここでは嗜好(しこう)品としての米を追求し、評判も上々です。

 海外の市場に打って出たのは、実は以前読んだ、明治時代の農学書「北海道米作論(酒匂常明著)」がきっかけでした。そこには〝凶年して米穀足らざれば必ず外国米を輸入し、豊年にして米穀剰りあれば、海外に輸出することけだし(食糧の)通則足り〟だと。北海道で米作が成功しわずか10年後に著された、ダイナミックな視点に、〝食糧〟としての米を認識。駆り立てられました。

 米は、嗜好品であり食糧。今後はその両輪で捉え、役目を果たせる米屋でありたい。何ができるのか模索しています。弊社の理念は「お米のおいしさを多くの人に伝え、幸せな食生活を創造すること」。作る人の気持ちを食べる人に届け、米のおいしさで幸せを共有したい。いずれは世界中の人たちと。おいしい米がもたらす〝笑顔の和〟をさらに大きく広げて行きたいですね。

取材を終えて

お腹も心も満たすもの

 〝おいしさ〟にこだわる商いで、創業以来のお客さまも多いという千野米穀店。食味の良い米がなかなか手に入らなかった戦中戦後でも、食感に粘りが出るようあえてもち米を加える工夫で、喜ばれていたそうです。食はお腹も心も満たすもの、と話す徳永さん。飽食の時代、といわれる今。徳永さんの奮闘に、食の豊かさをあらためて考えるインタビューでした。


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