ガットラヴさんは、米国ニューヨーク州出身。カリフォルニア大学デービス校でワイン醸造学を修め、カリフォルニア州ナパヴァレーをはじめ、世界各地の名ワイナリーに請われ、醸造家、醸造コンサルタントとして活躍していました。1989年、知的障害者更生施設「こころみ学園」の生徒がワインづくりを行う「ココ・ファーム・ワイナリー」(栃木県足利市)の招きで来日。以来、同社製品の醸造指導やワイナリーの経営指南に尽力され、そのワインは九州沖縄サミットの晩さん会や北海道洞爺湖サミットの総理夫人主催夕食会でも使用されるほど、評価を高めました。3年前に岩見沢市栗沢町に移住し就農したガットラヴさん。北海道で、一からのワインづくりに力を注いでいます。
海外の名だたるワイナリーで実績を上げられてきたガットラヴさんが、日本でのワインづくりに長年専心されている理由は。
ガットラヴ ココ・ファームの創業は、こころみ学園園生の社会的自立が第一の目的。その背景に感銘し、一緒に働かせていただいて、ある程度醸造状況を把握すれば、私の経験から有益なアドバイスをさせていただけるのではないかと、数ヶ月後に帰国を予定し来日しました。
当時のココ・ファームのワインはどれもリキュールのような甘さ。おいしいけれど大量には飲めず、料理とも合わせづらかった。ワインを嗜好する欧米では、料理とワインの組み合わせを〝結婚〟になぞらえた〝マリアージュ〟が、食の楽しみのひとつ。しかしその頃はまだ、日本人の多くは、ワインをアルコール入りブドウジュースのようなものと捉えていて。
適切なコンサルティングのためには、気候・風土や原料の違いに着目するだけではなく、もっと深く日本の食文化を理解して、さらに腰を据えて日本らしいワインづくりのお手伝いをしたいと考えるようになりました。
欧米の醸造家たちは、ワイン醸造に携わる人々を〝仲間〟と受け止めています。ココ・ファームの皆さんと、数百年前から家族経営されているフランスのワイナリーを訪ねた時には「ワインづくりの歴史は数千年。その中で私たちもあなたたちも共に励んでいる」と言葉をかけてくれました。
ココ・ファームの皆さんも熱心に質問をしていましたね。ワインづくりに懸ける情熱は、歴史の長短や生産規模の大小によるものではないのだと、感動する光景でした。
ココ・ファームの皆さんは素直で誠実。彼らの仕事ぶりにも心打たれ、帰国どころか気づけば20年以上、一緒にワインをつくり続けていたんですよ。
北海道でワインづくりを始められたきっかけは。
ガットラヴ 数年前から、日本の特定の地域にフォーカスしたワインをつくってみたいと、次なるチャレンジを思案していました。ココ・ファームでは、北海道含め7道県のブドウを原料に使用。中でも、道産ブドウのワインは果実味深いのに軽やか。酸味もきれいに残る私好みの味でした。
北海道の士気盛んな農家さんや醸造家さんとも知り合い、ワイン醸造に関わるポテンシャルの高さも実感。私も道産ワインがさらに市場で認知される一助になれればと、移住を決意しました。注目していた南空知に農地を購入し、そのうち、日当りの良い南斜面を妻と2人で徐々に開墾、苗木を植えていき、3年目の今春、ようやく2.5haほどのブドウ畑になります。
実は昨年結構実がなりましたが、速い段階であえて実を落としました。まずはこの土地に根付き、数十年経過しても良い実をつける丈夫な苗木を育てたくて、光合成のエネルギーを根や幹にたっぷり取り込んでもらいました。いよいよ今秋初収穫、そして初仕込み。ドキドキしています。
新天地・北海道で、ガットラヴさんが思い描くワインづくりとは。
ガットラヴ 良質なワインをつくるためには経験が重要です。私と妻が10年頑張っても栽培・醸造の機会はせいぜい10回ですが、10軒のワイナリーそれぞれが奮闘すれば、1年で私たち10年分の経験を蓄積できる。ナパヴァレーもワイナリーの数が増えるにつれ、ノウハウが増え、ワインの品質に反映されました。ワインづくりが盛んな地域として知名度も上がり、現在は世界有数のワイン名醸地になっています。
私は、北海道でもナパ同様の展開を志向し、ワイナリーを増やすよう努めたい。自社畑や契約農家で収穫したブドウの他、ワイナリー経営を目指す農家さんからもブドウを買わせていただき、彼らと、彼らのラベルがついたワインをつくる構想もあります。そこで醸造技術と商品化の知識を伝えられれば、ワイナリーを立ち上げたい農家さんたちの後押しになるのではないかと期待しています。
フランスでは、ワインの個性を「テロワール」と表現します。直訳は「土」ですが、フランス人に聞くと、土壌の質だけではなく、その土地に従事する人間も、味わいに影響を与えているという意味合いも含んでいるそうです。
その土地でそこに生きる人々がつくった日本のワイン。繊細な日本の美学を感じる日本らしいワインを、ワイン愛好家の一人としても、楽しみにしているんですよ。私は日本人ではないけれど、日本らしさを追求するワインづくりのお役に立てるのであれば、惜しみなく助力したい。日本とのご縁によって芽生えたワイン醸造の新たな挑戦に、日々ワクワクしています。
取材を終えて
ブドウの意思次第
理想のワインは、「ブドウの意思次第」というガットラヴさん。つくり手の恣意や理論にとらわれず、収穫したブドウ自身が「こうなりたい」と伝えてくれるワインづくりに徹したいと抱負を語ってくださいました。栗沢町のテロワールを表現するガットラヴさんのワイン。来年の初出荷が待ち遠しくなるインタビューでした。