真砂徳子の起ーパーソン 明日をひらく人々 第53回 画家 野田 弘志さん

2012年03月09日 12時25分

 野田さんは、日本の写実絵画の草分け的存在です。対象や空間が、まるでそこに在るかのように描かれた作品は、写実の域を超えた〝超写実〟とも称され、その深淵な世界観で見る者を圧倒。多くの美術ファンを魅了しています。野田さんは、5年前に北海道へ移住。伊達市近郊のアトリエで創作活動に専念される中、市が推進する「だて噴火湾アートビレッジ構想」の芸術監督も務め、絵画教室主宰の他、国内外の芸術家や文化人を定期的に招き、関心があれば誰でも聴講できる公開講座「コレージュ・ド・ダテ」を発起する等、地域活性を目指した芸術振興の牽引役も担われています。

「コレージュ・ド・ダテ」は、フランスに根付く世界的な学術・教育機関にちなんだ取り組みだと伺っています。実は先日、絵画教室が行われている市の施設を見学させていただき、野田さんはじめ、一流作家の作品を鑑賞できるギャラリーも併設された美術館さながらの環境に驚嘆。「だて噴火湾アートビレッジ構想」の〝大志〟を思い量り、感激しました。

野田 弘志さん

野田 構想では、「教養」を身につけるプログラムを重視しています。教養の深さは、知識の蓄積によるものと解釈されがちですが、そもそもは、日本語で「形成」とも訳す、ドイツ語の「ビルドゥング」が語源。本意は、古典や多岐にわたる名作に触れ、研究に努め、その偉大さに打ちのめされても立ち上がって、自らを構築していく。つまり、経験と思索の自己修練なんです。

 絵画教室では、その足がかりとなる自作テキストも活用しています。そこには、後世に名を残す芸術家に関する文献の引用や記録を列記。例えば、絵画を通し、神に生涯を捧げていたと言われるフランスの画家・ルオーについて、未完の名画を数多く残すレオナルド・ダ・ヴィンチの真意を伝える「芸術に完成はない、ただ諦めただけだ」という名言、ダヴィンチの研究でも名高いフランスの作家で詩人のポール・ヴァレリーが著した、創作の真理探求の足跡等、薫り立つ名言・名文から、先人の崇高な哲学や創作姿勢を思い知る内容になっています。

 構想は、少なくとも10年先、20年先を見据えたプロジェクト。絵画教室の生徒には、画家を志す子どもや将来を嘱望された学生も少なくなく、長期滞在や移住してまでも通う熱心な市外、道外の方もいます。この構想によって蒔かれた種は必ず花開く。ここから世界に通用する芸術家も輩出されると、私は確信しています。

芸術振興を通し、野田さんが意図される地域活性とは。

野田 西洋文化に影響を与えている「死すべき人間」というヘブライ語があります。私たち人間は、「死」を知り「生」の尊さを意識します。「生」は有限。ならば、今この瞬間をいかに豊かに生きようかと。

 あのアンネ・フランクは、ナチス強制収容所にいつ移送されるかもわからぬ日々、死と背中合わせの中にあっても、隠れ家にはレンブラントの絵の複製を鋲で留めていたそうです。平和な時代に、当時の彼女の心境は想像し難いでしょう。

 川端康成は、芥川龍之介が死を前に残した「自然が美しいのは僕の末期の眼に映るからである」という言葉を引いて、あらゆる芸術の極意であろうと、著述しています。

 芸術をどう鑑賞し、どう創造するかに、審美が反映され、生き様までも浮き彫りになる。それが生き甲斐と思えるほど、市民一人一人が芸術に生きる力を見出せれば、地域の精神的な豊かさが醸成されて行くのではないかと思います。

野田さんの創作活動の主眼は。

野田 私は、1日の大半を創作に費やしても、1年に1点描けるか描けないか。それは精密に描き上げる事に執着しているのではなく、対象や空間の〝存在〟の重みが出るまで凝視し続け、描き続けるからなんです。

 今最も力を入れているテーマは「人間」です。一見モデルそっくりに描いたようでも、舌や目や肌等の部位の細密な構造や細胞に至るまで、物理科学的見地の見極めが行き届いていなかったり、表現の本質にあたわぬ場合は、筋肉の動きや血管や皺の克明な写実を躊躇(ちゅうちょ)したり。写実絵画を描く者にとって、これほど深くこれほど神秘的な、対象はないと思います。

 たとえ100歳まで生きられたとしても、宇宙の時空の中でみれば、はかない。だからこそ、生命は、貴重でかけがえなく、美しい。私は、生命の〝存在そのもの〟の美しさを、リアリティをもって描き切ってみたいんです。

 人間を描き、私が〝存在論〟と呼ぶ核心にどれほど迫れるか。挑戦ですね。2次元に3次元を具現した写実画に、4次元の時空をも表現する事ができたら、作品は永遠に生きる。永遠を感じさせる生命を描けるなんて、すごい事だと思うんですよ。今後も、精神に働きかける芸術、絵画を超えた絵画を、真摯に、ひたすらに、探求し続けて行きます。

取材を終えて

存在を奥深く凝視

 洞爺湖を眼下に臨む山中に建つ野田さんのアトリエ。季節になると周囲の至る所に山菜やキノコが顔を出すそうです。生い茂るフキノトウのつぼみ一つ一つにも、そこに生きる小さな虫にも、思わず目を凝らしてしまうんですよ、とほほ笑む野田さん。存在を奥深くみつめる画家・野田さんの審美を知るインタビューでした。


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