真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第4回 ソメスサドル株式会社 代表取締役 染谷 昇(そめや のぼる)さん

2012年09月07日 15時54分

 ソメスサドル(本社・歌志内)は、日本で唯一の馬具メーカーです。皇室御用達をはじめ、国内外の一流プロ騎手も愛用している馬具や、鞄など一般皮革製品の製造・販売を手掛け、たしかなものづくりで多くの支持を得ています。1964年、前身のオリエントレザーが創業。炭鉱の閉山で疲弊した歌志内市の有志たちが、地域再生を託した創業でした。その思いは今も生きている、と染谷さんは話します。

★炭鉱城下町の再興を馬具製造業に賭けた創業有志の試みは、画期的なものだったのではないかと想像します。

染谷 昇さん

☆染谷 当時の懸案は石炭に代わる新たな地場産業の誘致と育成でした。輸入した原皮を日本でなめし、馬具を製造して輸出するビジネスを模索していた商社も、崩壊にひんした歌志内の動向に注目。それまで歌志内は馬具製造の地域ではありませんでしたが、機械化で需要が減ってしまった道内の馬具職人を集めれば、彼らの技術を生かし馬具製造業を興せるのではないかと。有志の思いや商社の展望、馬具職人の失職という、高度経済成長期のさまざまな世相を背景に、輸出用馬具の製造を専門とするオリエントレザーが始動したんです。

 その後、オイルショックや急激な円高騰で、輸出産業の競争力は著しく低下。オリエントレザーは経営危機に陥り、再構築を余儀なくされました。当時の社長が私の父。まだ東京で大学生活を送っていた私も、将来はオリエントレザーに入社し、故郷に貢献する事を決意。地域のために奔走していた父の姿を見て育った影響は大きかったと思います。

 大学卒業後、私は情報が集積する東京で、競馬場や乗馬クラブ、大学の馬術部、時には〝馬〟にまつわる名のお店なども訪ね、馬具の販路拡大に奮闘しましたが、やはり国内の市場は馬文化が確立している海外とは比較にならず、全国行脚の営業も思うほど実を結びませんでした。

 そんな折、馬具の本場・ドイツのフランクフルトで開催される大規模な見本市に出展する機会をいただけたんです。会場に並ぶ名だたるメーカーの馬具を見るだけでは飽き足らず、皮革製品の産地で知られるドイツのオッフェンバッハや、世界の服飾業界をリードするイタリアやフランス、イギリスにも足を運びました。そこで目にした、エルメスやルイ・ヴィトン、王室御用達ブランドなどの皮革製品の美しさ、完成度の素晴らしさには、心が震えましたね。この強烈な感動を具現したいと。目指すものが明確になりました。

 70年代から一般皮革製品の製造に着手。85年より、フランス語の「ソメ(最高)」と、英語の「サドル(鞍)」にちなんだ「ソメスサドル」をブランド名に採用し、社名も同名に変更しました。徐々に馬具以外の製品も認知いただき、今や、弊社製品のおよそ7割が一般皮革製品。直営店舗も、札幌や東京の青山、関西の有名百貨店内など道内外で広く展開しています。

★人気で製造がオーダーに追いつかず購入に1カ月以上も待つほどの鞄もあると伺いました。ものづくりで、心掛けていることは。

染谷 昇さん

☆染谷 そもそも馬具は、騎手の安全や命を守る道具。頑丈でなければいけません。鞍であれば、馬体と調和する無駄のないデザインも追求します。また技術者は、大切な素材をいただいた動物の命に思いを寄せ、神聖な気持ちで取り組んでいます。

 ソメスブランドを立ち上げたのは、いわゆる〝バブル景気前夜〟。消費行動の加熱で、ものは作るほどに売れる時代へ移行していきましたが、私たちは、馬具メーカー特有の製法を重視し、少量生産で手間をかけたものづくりに徹してきました。馬具製造で培われた心技は、一般皮革製品にも息づいています。

★ソメスサドルの普遍の〝イズム〟が、時代に翻弄された旧産炭地域に根付いている事に、意義を感じます。

染谷 昇さん

☆染谷 お客さまからは、日に日に革が味わい深くなり手離せなくなったとか、気が付いたらソメスサドルの鞄で押し入れがいっぱいになっていたなど、ありがたいお声も頂戴します。中には、修理を重ね、製品を長くお使いくださる方も少なくありません。このような満足度や愛着は、お客さまが、製品の高い精神性を感じ取ってくださっているからではないかと思うんです。精神的豊かさのご提供を目指した私たちのものづくりが、〝メイドイン北海道〟の真価を伝える一助となっていたら本望です。

 18年前に事業の拡大で、製造の拠点はショールームを併設する砂川工場に移転しましたが、地域の再生を標榜した創業の思いを強く意識し、今も本社は歌志内に置いています。再来年は創業50周年。地域密着企業として、さらに深く地域コミュニティーにも関わっていきたいですね。

 ことし5月には、トレッキングや乗馬などの振興に努める団体や行政と協力し、かもい岳スキー場でエンデュランス(馬のマラソンと言われる長距離馬術)の大会を初開催。大自然の中、道内外からお集まりいただいた多くの方々に、この地域だからこそ楽しめるスケールの大きな〝ウマスポーツ〟を体感いただき、ものづくりとはまた別の喜びに浸りました。

 微力ですが、今後も社業を通じ、地域がより一層輝くための一端を担えれば。故郷のお役に立てるこの仕事に、充実感を感じています。

取材を終えて

謙虚な姿勢が信頼に

 ソメスサドルでは、3、4人1チームで一つの製品の完成までを担います。その過程で、熟達の技が後輩へ継がれ、各工程全てに通じる力量を備えた技術者が育っていくのだそうです。「われわれは信頼される道具屋であるべし」という染谷さん。ソメスブランドが醸す〝華〟の、謙虚で地道な舞台裏を知るインタビューでした。


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