真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第9回 株式会社柳月 代表取締役社長 田村 昇(たむら のぼる)さん

2012年11月16日 15時47分

 戦後間もなく、帯広市に間口5mほどの菓子屋として創業した「柳月」。製菓店激戦区では後発ながら、時代に先駆けたチェーン化や日本人の食味に合う洋菓子製造の研究開発を重ね、経営規模を拡大してきました。現在は道内に42店舗の直営店を展開。良質な地元十勝産の原材料にこだわった約400点もの和洋菓子を製造販売し、年間およそ75億円を売り上げています。その優れた経営は、ベストセラーのビジネス書「日本でいちばん大切にしたい会社」(坂本光司著/あさ出版刊)でも紹介され話題となりました。

★「日本でいちばん大切にしたい会社」では、〝お菓子を通じ、家族の絆を結び、人と人を結ぶ〟という経営理念の実践が伝えられ、大変な反響があったと伺いました。

田村 昇さん

☆田村 人間は、おそらく狩猟採集社会のころから、家族で暖を取りながら、親から子へ、生きて行くための教訓や心得を口伝えしてきたのだと思います。しかし現代は多くの家庭でコミュニケーションが希薄。お父さんは遅くまで仕事をし、お母さんはパートで留守にする。核家族化も進み、家にいる時間を一人で過ごすお子さんも珍しくないようです。

 私は、当社の社会的役割を考えたとき、「お菓子が、家族団らんのきっかけになれば」と思いました。「ケーキを買ってきたよ」と言えば、大概のお子さんは喜び勇んで親のもとへ駆け寄ってくるでしょう。

 創業者である父は、終戦後満州から引き上げる列車の中で、泣き止まぬ子どもがあめ玉を口に含んだとたん笑顔になった様子に感動して、製菓店の起業を決意したそうです。お菓子には老若男女を引きつけ幸せな心持ちにする強烈な魅力があるんですね。

 〝家族の絆を結ぶ〟社会的使命を最優先し、価格は家族3人分のケーキならば500円代で購入できるよう抑えています。低価格で高品質なお菓子をご提供し続けるために、生産性を上げる努力も惜しみません。当社店舗では、1歩で0・7秒、10歩で7秒かかるという綿密な時間計算を念頭に、スムーズな動線や道具の使用頻度を考慮したレイアウトで、作業を迅速化しています。

 また、新人教育では、たった3分間仕事に集中しないだけでケーキ1個分のコストが無駄になるのだよ、と教えているんです。求めやすい価格で商品を販売できるのは、社員それぞれが当社の社会的使命を理解し、自身の仕事に意義を見出し、全力で働いてくれているおかげです。

★柳月は、自己資本比率85%という堅実な経営でも注目されています。また2001年には、音更町に本部と直営店を併設した大規模な工場「スイートピアガーデン」を開業し、2006年にはレストラン部門も始動され、いずれも高い集客力で評判です。

☆田村 どんな大企業だっていつ危機に陥るか分からない時代です。私は日頃から危機意識を持ち、少なくとも5―10年後の将来を想定した情報収集を心掛けています。あらゆるメディアに目を通し、市場調査のために単身海外に行くこともありますよ。

 自己資本比率を高めているのは、不況にも強い経営基盤を確立するため。ただ無借金経営だけでは会社に活力が出ませんから、身の丈に合った投資は積極的に行っています。新事業はチャレンジでありリスク管理。蓄積した情報を束ね、経営の停滞を未然に回避する〝先手〟なんです。

 スイートピアガーデンの建設は、着工の10年以上前から標榜していました。21世紀は、安心・安全な「食」が求められることを見越し、国際的な衛生管理方式(HACCP)に対応し得る工場の建設を目指して、バブル景気にわく時にもひたすら借金を返済し体制を整えていたんです。スイートピアガーデンは万全な準備期間を経て完成し、当社は道内の製菓メーカーでいち早くHACCPを取得できました。

★今秋から、工場周辺で年内稼働を目指した大規模なメガソーラー(太陽光発電)施設の建設を進めていらっしゃいます。新エネルギー事業に参入される意図は。

田村 昇さん

☆田村 以前からエネルギー資源の枯渇を懸念する報道や専門文献などに関心を寄せていました。十勝の1100%の食料自給率もエネルギーに支えられた豊かさ。この地で食品を製造販売している企業として、何か前向きな働き掛けができないだろうかと思いを巡らせていたんです。

 全国的にも日照時間の長い十勝。太陽光発電ならば採算も望めると、今夏始まった再生可能エネルギーの固定価格買取制度を受け、参入を決めました。土地の購入も含め総工費はおよそ7億円。稼働後10年程度で土地代を除く投資費用の回収を見込んでいます。メガソーラーの出力規模は1000kW/時。スイートピアガーデンの契約電力が最大750kW/時ですから、日中の電力はこれですべて賄えます。CO2排出量も年間で450t削減でき、今後は〝人と環境に優しい企業〟を模索していきたいですね。

 設立30年後まで生き残れる企業は1万社中5社とも言われるほど、経営は厳しいもの。神話で伝えられるチャンスの神様には前髪しかないそうです。潮流を見通し、常に勉強していないとその前髪はつかめないんですよ。

 私は絶えず革新を図りますが、一か八かの賭けはしません。企業は、社員や地域社会を幸せにして成り立つ公器。その責務を全うする経営を、着実に実践していきたいと思います。

取材を終えて

情熱と覚悟を感じた

 柳月には社長室を設けていません。社員の報告やお客さまのお問い合わせなど、業界の動きを知る大切な情報に即対応できるよう、社長の机は事務所の一角に置いているのだそうです。情報は知恵の源泉、待たずに自ら取りに行くという田村さん。ビジョンに確信を持ち経営にのぞむ田村さんの情熱と覚悟が伝わってくるインタビューでした。


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