2011年度の全国新酒鑑評会(独立行政法人酒類総合研究所主催)で、金賞に輝いた新十津川町の金滴酒造。08年に民事再生法の適用を申請し、経営再建の最中にある同社。21年ぶりの金賞受賞酒は、地元・新十津川産の酒造好適米「吟風」100%で造られた大吟醸でした。酒蔵再興に尽力する川端さんにお話を伺いました。
★川端さんは一昨年から金滴酒造の杜氏を務められています。経営再建に着手したばかりの酒蔵に入社された経緯は。
☆川端 僕は小樽出身です。進学先(金沢大学工学部)の酒どころは、アルバイトしていた料理屋のまかないにも晩酌がつくほど日本酒が身近。気付けば、各地銘酒を熱心に取り寄せるくらい、日本酒を愛好するようになっていました。
工学部に進んだのは、職人的ものづくりを志向してのこと。酒造りには、醸造学や発酵学など得意とする理科系知識を要すると知りますます興味を持ち、いつしか「蔵人」も将来の選択肢の一つとして思いをめぐらせるようになったんです。
その頃、奮発して買ったある日本酒が、思わず涙が出るほどおいしくて。強烈な感動に一念発起。大学を中退して、その日本酒を製造していた石川県の酒蔵に入りました。高齢化が進み若手が重宝される業界で、その後も福岡、岩手、山形、群馬と声を掛けてくれた各地の酒蔵でいそしみながら、いつかは故郷・北海道で勝負したいと思っていました。
群馬で副杜氏を担い7年経ち、経験を糧に帰郷したのが一昨年。起死回生を賭け新しい造り手を探していた金滴酒造から「渡りに船」と即採用していただきました。
当時の蔵は、あるべきはずの設備がなかったり、カビが生えていたり、正直おいしい酒を造る環境ではありませんでしたが、これ以上状況が悪化することはないのだと、かえって前向きになれましたね。しばらくは、ホームセンターに通いDIYで蔵のあちこちを直す日々。それでも先行きを案ずることはありませんでした。
★全国の銘酒が出そろう鑑評会で、道産酒米100%の大吟醸が金賞を受賞されたことは、大変な快挙だと伺いました。酒造りで心掛けていることは。
☆川端 僕は民事再生に際した〝ピンチ〟を、新たな試みの〝チャンス〟と捉えました。最近の酒造りは、化学的な分析技術の進歩や作業の機械化で、ある程度マニュアル化できるため、全体的な平均点は上がっています。ただ、似通った製法で原料も同じとなれば、突出したものが出来づらい。地酒の個性の幅もかつてに比べ狭くなっていると感じます。
また流通が集積する東京の市場を意識した、薫り高く甘い、いわゆる〝インパクト〟の強い味わいの酒は、話題にはなりやすいのですが好みではなくて。目指しているのは、地元の原料で手間暇をかけ造るスロウフード感を大切にした酒。根強く支持される〝飲み飽きしない〟日本酒です。
鑑評会は、地元産酒米を使い、現時点でできる限りを尽くした日本酒を披露できる場だと思いました。これまで金賞に選ばれている酒は山田錦でつくられたものが主流です。しかも今回は受賞が一番の目的ではなかったので、麹菌も利き酒で好まれるものを敢えて使わなかったものですから、金賞をいただけたのは思いがけずのこと。
これを機に、道産酒米の品質の良さが広く認知されれば、北海道の酒造業界の気運や生産者さんのモチベーションが高まるかもしれない。業界だけではなく1次産業の底上げにもつながればと、期待しています。
★金滴酒造の経営再建には、多くの地元有志が出資に名乗りを上げたそうですね。金滴の存続が町にとってどれほど重要なのかが伝わってきます。
☆川端 そもそも新十津川町は、明治時代大洪水で全滅した奈良県十津川村の人たちが、新天地を求め入植した土地。生活に窮し断酒を誓った厳しい開墾だったそうです。ようやくある程度の米が収穫できるようになった時、入植者81人の出資で金滴酒造が設立されました。まさに金滴は、町の成り立ちを物語る酒蔵なんですね。新十津川町の酒造好適米の生産量は全道一。「酒米の里」を掲げる町で、酒造りに携われることへの有り難さを感じています。
入社以来、昔ながらの手づくりを生かした少量仕込みの酒造りに注力してきました。ここにきて、これまで上撰、佳撰クラスの酒が7、8割を占めていた売り上げの割合が、吟醸や純米酒などの特定名称酒のそれと一気に逆転しそうな勢いです。懸念の経営は、金賞受賞も弾みとなり、マイナスの再出発からようやくスタートラインに立てたというところでしょうか。
学生時代に読んだ柳宗悦(思想家)の著作に「直下(じきげ)に見よ」という言葉があります。ものを見る時は知識を捨てて「直感で見よ」という意味で、心に残りました。たしかに価値あるものの中には一見無難なものも多い。日本酒にも当てはまるのではないかと思っています。奇をてらわず、秘めたおいしさを醸す日本酒。そのような優れた酒造りを究め続けていきたいですね。
取材を終えて
継承された強い思い
造り酒屋では軒先に「杉玉」を飾り、その年の初搾りを知らせます。金滴酒造の杉玉は、母村(奈良県十津川村)の青年団から贈られた手づくりで、川端さんは「深い〝つながり〟に感慨深い」と話していました。歴史あり、風土あり、継がれてきた強い思いがある新十津川は、可能性に満ちていると目を細める川端さん。どっしりと構えた新杜氏の力強い言葉に、新生・金滴の躍進を思うインタビューでした。