真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第12回 映画監督 佐々木 芽生(ささき めぐみ)さん

2013年01月17日 18時28分

 佐々木さんは札幌のご出身です。2008年にデビュー作「ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人」を発表。ニューヨークで現代アートを収集する元公務員の老夫婦がコレクションをワシントンD.C.のナショナルギャラリーに寄贈するまでを追ったドキュメンタリーで、インディペンデント映画でありながら、日本をはじめ世界各地でロングランヒットを記録し、数々の国際映画賞にも輝きました。間もなく、続編「ハーブ&ドロシー ふたりからの贈り物」が日本公開となる(東京は3月30日(土)から、道内は札幌シアターキノで4月13日(土)から公開)佐々木さんにお話を伺いました。

★映画製作に着手された経緯は。

佐々木 芽生さん

☆佐々木 体調を崩し新卒で入社した会社を辞め日本を離れました。しばらく放浪していたインドで、貧民層を助ける天使のような人物から、オーストラリアの刑務所を脱獄してきた銀行強盗なのだと告白されたことがあって。衝撃でしたね。

 1987年に渡米後、ニューヨークを拠点にフリージャーナリストとして取材活動を始め、NHKニューヨーク総局のキャスターオーディションに受かったことを機に、アメリカの日常を掘り下げ日本に伝えるテレビリポーターも担いました。

 犯罪多発地域の取材も多く、犯罪者がなぜ犯罪を犯したかを突き詰めると、父親が麻薬の売人で母親が売春婦の家庭で育っていたり。幼児の性的虐待を犯した人が、幼少期に性的虐待を受けていたり。物事の表面だけではなくその背景に心を寄せる見聞を重ねていくうちに、生身の人間の〝物語〟に興味を抱くようになったのだと思います。

 ヴォーゲルご夫妻(ハーブ&ドロシー)の存在を知ったのは、高名な現代アート作家の展覧会でした。そこで目にした作品全てが、彼らのコレクションだったんです。

 アートと言えば、お金持ちが投機や名誉のために収集するものだと思っていましたから、慎ましやかな生活を送る市井の人たちが寄贈したと聞き、驚いて。ご夫妻は、何十年にもわたり、給料の範囲で手に入る価格で1LDKの住まいに収まるサイズの作品に限り、4000点以上も買い集め、そのうち数点でも売却すれば大富豪になれるほどの〝目利き〟であったにもかかわらず、1点も売らずにナショナルギャラリーに寄贈し、年金暮らしを続けているというんです。心臓を打たれるような感動に駆られ、気付けば撮り始めていました。

 映画は、自分のアパートを抵当に資金を工面などしながら4年を費やし完成。ただひたすら完成させたい一心でしたから、好反響は本当に思いがけず、うれしかったですね。

★佐々木さんは、広く「クラウドファンディング」を呼び掛けていらっしゃいます。ネット上で少額を多数から募る資金調達方法で、欧米を中心に広まりつつあるそうですね。

☆佐々木 映画の製作にはものすごくお金が掛かります。資金を得る苦労は言い尽くせないほど。続編もしかりで、企業に協賛をお願いしても思うようにはいかず、多くの財団に助成金を申請しても至らず、撮影を中断せざるをえない事態にもなりましたが、クラウドファンディングで世界中のサポーターから寄せられた資金によって作業を再開することができたんです。

 クラウドファンディングは、一般の人たちが気軽に参加できる民主的な文化支援。わずかな収入を割いてアーティストの成長を支えたハーブとドロシーの心意気にも通じていると思っています。音楽や映画などが発信するメッセージは、社会が低迷している時にこそ、真価を発揮するもの。表現の世界に携わる一人として、ささやかですが、引き続き呼び掛け、実践していきたい取り組みです。

★ヴォーゲルご夫妻の暮らしぶりは、決して裕福ではないけれど、豊かな人生の具現だと思いました。映画のファンには、私同様、美術通ではない方も多いそうですね。

佐々木 芽生さん

☆佐々木 ハーブ&ドロシーは、「幸せに生きるとは」を問い掛ける作品になるのではないかと直感していました。前作の日本公開では、当初、馴染みの薄い現代アートが主題の映画と捉えられ、配給会社がまったくつかなかったんですが、自主配給で有志の皆さんにご協力いただきながら粛々と上映し続け、口コミで評判が広まり、全国で5万人以上もの方々に観ていただけました。中には、号泣したという男性ビジネスマンもいらっしゃって。美術愛好家以外からも数多くうれしいお声をいただいています。

 続編では、お二人の膨大なコレクションが分割され、全米50州の美術館に収蔵される一大プロジェクトを追っています。前作では「ハーブとドロシーは、アートを頭で考えているのではなく、心で見極めているのだろう」と、その審美に感嘆するアーティストのインタビューを収めています。現代アートは敷居が高いと思われがちですが、楽しむのに不正解はない。心が自由に感じた全てが正解なんです。お二人の姿勢から伝わる重要なメッセージは、続編でも一貫しています。

 放浪したインドは、親がわが子の手足を切り物乞いをさせるような国でした。それでも誰も文句を言わず必死で生きていて。「生」へのエネルギーを肌で感じた、今の私の原点とも言うべき経験でした。これからも、心に触れるような作品、心を動かされる映画づくりを模索しながら、思いきり生きていきたいですね。

取材を終えて

大志と大観に触れて

 「やる」と決めたら、それに向け小さなことをコツコツと積み重ねていくだけという佐々木さん。世の中には完成しない映画が山ほどある中、「できればやる」では、やれない理由が思い浮かんでしまいますから、と表情を引き締めます。母校・札幌南高の同窓会有志の発起で続編の応援団体が立ち上がり、故郷の心強さをかみ締めたと笑顔を見せる道産子・佐々木さんの大志と大観に高揚するインタビューでした。


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