真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第15回 国際山岳医 大城 和恵(おおしろ かずえ)さん

2013年03月01日 14時11分

 山岳医は、山で起こるけがや病気に精通する医師です。心臓血管センター北海道大野病院(札幌)に勤務される大城さんは、日本人で初めて「国際山岳医」の資格を取得。北海道警察の山岳遭難救助アドバイザーを務めるなど、山岳医療のエキスパートとして、人命救助と安全な山岳活動のサポートに尽力されています。山岳医療が果たす役割と貢献を模索する大城さんにお話を伺いました。

★山岳医の国際ライセンスを取得した経緯は。

大城 和恵さん

☆大城 趣味の登山でネパールをトレッキングしていた時に、高山病の登山者に遭遇しました。水分と酸素の補給を促し、知り得る限りの医療で対処はしましたが、それまで山岳医療について学んだことはなく、果たして最善の処置ができていたのだろうかと悔やまれて。思い高じ、資格取得を思い立ちました。

 国際山岳医はヨーロッパ発祥のライセンスで、当時の日本では取得できない資格でした(現在は日本登山医学会が国際認定山岳医師制度を発足)。資格取得のためには、山でかかりやすい傷病の知見を深めるとともに、気象学や雪崩をはじめとする自然現象、地図の読み方なども学び、登山経験の蓄積も求められます。病院勤務の傍ら資格を得るのは物理的に難しいと思い、退職してイギリスと日本を行き来しながらカリキュラムをこなし、ヨーロッパの名峰や、北米大陸最高峰のマッキンリーなどの登頂にも挑んで、ライセンスを取りました。

 山には病院同様の設備はありません。そこで何ができるのか、何をするべきか。山岳医療について学び、医療者の役割を根本からみつめる契機にもなりました。

★道警の山岳遭難救助アドバイザー制度は、全国に先駆けた取り組みです。注目されていますよね。

☆大城 国際山岳医のライセンスは、山岳医療に関する科学を、実学として広く還元する目的で設けられたものです。資格取得後、海外のレスキューステーションに勤務する選択肢もありましたが、この学びが生きる医療を日本で試行錯誤してみたいと心新たに職場復帰し、非常勤で内科診療に当たりながら、山岳救助の研究会などにも参加していたんです。

 そこで出会った道警山岳救助隊の指導官の方から、アドバイザー制度の導入に協力してほしいとお声がけいただきました。山岳救助に何十年も携わっているその方は、医療の知識があれば助けられた命もあったのではないかとおっしゃって。分野は違えど、人命に関わる仕事に尽くしてこられた積年の思いに共感しました。

 私の役目は、救助隊員から連絡を受け、状況に応じ医療面の指示をするアドバイザー。連絡手段は電話ですから、一刻を争う現場で円滑に意思疎通できるよう、事前に応急処置の講習も行い、日頃から彼らとコミュニケーションをはかっています。

 感銘を受けるのは、隊員の皆さんの前向きな姿勢です。私のアドバイスが、現場でより機能するためにはどうすればよいか、彼らの経験値と搬送の技術をもって、真剣に検討してくださいます。有効な低体温症ラッピング(低体温症者や搬送中の傷病者の身体をくるみ保温や加温をする対処法)を考案しようと、一緒に冬山に入り、遭難救助を想定して実験もしましたね。

 沢につかり倒れている人がいると聞けば、濡れた衣服を脱がせ、場合によっては衣服を切り脱がせてくださいと指示し、体温の低下を抑制します。これまで救助隊員がしていなかった作業ですが、皆さん勇気をもって実践してくれます。こうした連携が功を奏し、低体温症者が搬送中に回復していたこともありました。とてもうれしかったです。

 アドバイザー制度の導入により、山岳救助に対する社会的信頼は高まり、私たち医療者も人命救助の現場を理解できます。救助される方も医療の知見に基づく処置に安心されるようです。着実に成果は上がっていると実感しています。

★大城さんは、登山者外来を開設され、登山時のリスクを軽減する検診や医療相談を受け付けていらっしゃいます。ご自身のHP「山岳医療情報」では、国際指標をはじめ、山岳医療の最新の知見を一般にも分かりやすく発信されています。

大城 和恵さん

☆大城 「救える命を救いたい」思いは、医療者以外にも共通するものですよね。しかも山は、通常の医療サービスから隔離された特殊な環境です。多くの人が、山岳医療を知り、理解してくださることで、傷病を予防し、助かる命も増えると信じています。ことしから、私が統括を担い、山岳や野外での応急・救命処置などの知識と技術の習得を目指した「ファーストエイド講習会」(日本登山医学会主催)を実施しています。

 カリキュラムは、山岳医療の知見と、救助隊の活動に接し見聞したことを盛り込んだ実践的な内容で、救急センターや厚生労働省などにも問い合わせ、日本の医療の実情や法規に整合するよう配慮しました。一般に呼び掛け、初回から受講希望者は定員の倍ほど。予想以上の反響に奮起しました。この講習会は救命率を上げる試みとしてぜひ確立したいですね。

 山岳医療を通し、医療者以外と分かち合う機会が増えました。警察や消防、山岳ガイドの方々などの使命感に触れ、医療者のあるべき姿を思います。

 私も山の素晴らしさに魅了されている一人。山岳医療が、山を愛する人たちに感動や歓びをもたらす一助となれば。今後もできる限りの働き掛けをしていきたいと思います。

取材を終えて

医療者の大志感じた

 さまざまな疾患に対応できる内科医を志向し、リウマチ科、呼吸器科、循環器科など、多くの専門科で臨床経験を積まれている大城さん。広範な知見で、患者さんを脅かす要因と対峙し健康に貢献したい、と目を輝かせます。「患者さんの安堵の笑顔が励み。医師はやりがいの途絶えない有り難い仕事です」という大城さんの奮闘と、医療者の心を知るインタビューでした。


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