真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第20回 江別製粉株式会社代表取締役社長 安孫子 建雄(あびこ たてお)さん

2013年05月17日 15時37分

 国産小麦の6割以上を生産する北海道。品種は、春まき小麦の代名詞「ハルユタカ」や超強力小麦とも呼ばれる新種「ゆめちから」など多種にわたり、多様な用途に添うバリエーションと豊かな風味で人気を集めています。輸入小麦の製粉が主流の業界にありながら、先駆の取り組みで、道産小麦の普及と流通拡大に寄与する江別製粉(本社・江別)。2004年には、小ロットの製粉プラント(F―ship)を開発・導入し、少量多品種型の製粉を実現。道産小麦への詳細なニーズに応える画期的な取り組みが話題となりました。道産小麦の真価を伝え続ける安孫子さんにお話を伺いました。

★道産小麦に着眼されたきっかけは。

安孫子 建雄さん

☆安孫子 創業は1948年です。戦後の食糧難の時代に、アメリカから大量に援助された小麦の製粉を国が民間に委託する事業が始まり、精米業を営んでいた父が参入しました。大学の卒業式の日に父が他界し帰郷。入社後はしばらく、取締役兼研究室長として、新商品の開発にも携わりました。

 転機は1970年代。当時はコメ余りによる水田転作の奨励で、道内の小麦生産量が増加していた頃でしたが、パンや製菓製造などに不向きな国産小麦は使い道が少なく、私どもも、もっぱら良質な輸入小麦を主体に、粉づくりに腐心していました。とはいえ、私たちの拠点は国内最大の小麦生産地・北海道です。道産小麦がどれほどの食材なのかしっかり検証したいとある時思い立ちましてね。社内で研究プロジェクトを立ち上げました。

 その頃、道立農業試験場で開発されたハルユタカは、輸入ものと同様の歩留まりで粉にすると色が芳しくなく、業界では不評でした。業界外の評価も求め、ハルユタカ100%の小麦粉で、製パン講師の方にパンを焼いてもらったところ、おいしさに驚嘆されて。その方のパン教室で扱っていただくと、たちまち生徒さんの間で評判になりました。肥よくな大地で育った道産小麦には、乾燥地帯で栽培される輸入ものでは味わえない香りとうま味があるんです。

 さらにハルユタカは、グルテンが多く含まれ、パン製造に適していました。この好評に自信を深め、ハルユタカでパン用の小麦粉を、その頃の主力道産品種・チホクで麺や過使用の小麦粉をそれぞれ商品化。口コミなどで家庭の主婦の方々を中心に広まっていきました。チェルノブイリ原発事故が社会不安を招き、輸入食品の輸送劣化を防ぐ薬剤残留なども大きく取り沙汰されていた背景もあり、食の安心・安全に関心を寄せるお客さまからのお問い合わせも少なくありませんでした。

 はしりのフリーダイヤルを設置し、代引き宅配で対応。多数寄せられたお喜びの声には心踊る思いでした。エンドユーザーに直接触れる機会によって、道産小麦の真価を実感し、本当にお客さまのご要望に適う事業とは、を模索する第一歩となりました。

★収穫量が少なく「幻の小麦」と言われていたハルユタカの需要拡大に伴い、安孫子さん自ら生産者さんに働き掛けたと伺っています。

安孫子 建雄さん

☆安孫子 春まきのハルユタカは、収穫時期の雨で台無しになることが多く、栽培を諦める生産者さんが後を絶ちませんでした。それなのにニーズは増える一方で。地元をはじめ、各地の農家さんに生産をお願いして回りながら、原料確保を思案していたところ、てん菜がペーパーポット栽培で収穫量を増やしていると知り、地場の農家さんに勧めてみました。成果は見られたもののコストが掛かり結局採用はされませんでしたが、これを機に生産者有志が、ハルユタカ栽培に光明を見出し、奮闘してくれました。

 農業試験場や農業改良普及センターなどの助言や協力もあり、江別市でハルユタカの「初冬蒔き栽培」が確立。収穫量が安定する栽培方法として、全道に一定の広がりを見せました。

 生産者さんのもとに足繁く通う中で、小麦栽培についてずいぶんと学ばせていただきました。交流が深まり、彼らが収穫した小麦が、粉になり、調理され、どれほどお客さまに喜ばれているかを伝えることもできました。お客さまにも生産者さんのご尽力を伝え続けてきました。トレーサビリティなどの重要性が語られる以前から、生産者と消費者の橋渡し役を自然に担っていたように思います。

★江別は「麦のまち」として広く知られるようになりました。F―shipにより、各地で多彩な地粉ブランドも誕生しています。江別製粉は、製粉業を通した地域振興で、2008年の「元気なモノづくり中小企業300社(経済産業省中小企業庁主催)」にも選ばれていらっしゃいますね。

☆安孫子 F―shipは、従来の10分の1以下のロットで稼働する製粉システムです。これまで応じかねた少量の製粉もご希望の品種、歩留まり、粒度で承れます。F―shipで製粉した〝オーダーメイド〟の道産小麦粉が、地場産小麦でご当地グルメを作りイベントで販売したいとか、その店オリジナルのブレンド小麦粉を使用してみたいとか、誰かの思いをかなえ、地域を元気にする一助となれば何よりです。

 地域振興プロジェクトへの参画も増えました。社会の縮小化が進み、これからは数や規模の大小ではなく質が問われる時代。地域の魅力を価値に変える方法を皆で試行錯誤しているところです。F―shipのFには、Flour(小麦粉)やFit(ぴったりの)という意味の他に、生産から消費までを取り巻く多くの人たちとのつながりにはせ、Fellowship(仲間)の意味も込めました。今後もお客さまや生産者さんと思いを伝え合い、地域とタッグを組みながら、道産小麦粉のプロフェッショナルとして貢献し続けていきたいと思います。

取材を終えて

信念と大観に触れた

 道産小麦を使用した家庭用製菓ミックス粉「おやつイン」は、30年以上にわたる江別製粉のロングセラーです。安孫子さんは、世代を越え支持される商品を今後も大切に育てていきたいとおっしゃいます。地域のブランド力は、風土と語り継がれる文化の蓄積による、という安孫子さん。北海道に根ざし、信頼に応え続けるトップの信念と大観に触れるインタビューでした。


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