「スローフード」は、「食」を通して「地域の食文化や暮らし」を見つめ直そうという世界規模の市民運動です。そもそもは、1980年代にファストフード全盛を危惧した北イタリアの町の有志が始めた地域活動で、コンヴィヴィウムと呼ばれるスローフード協会(本部・イタリア)の支部はこの25年間で、150カ国に1300以上、会員数は10万人にも及ぶ広がりをみせています。国内の支部を統括するNPOの事務局長を担うのが、占冠村在住の山本さんです。
★スローフードが目指していることとは。
☆山本 例えば、占冠のような山間では昔から、春に採取したフキを塩漬けで保存して年中煮物などで食べたり、川魚を焼き干しにして保存したりしてきました。しかし、グローバル化が進む中で、残念ながら、こうした先人の知恵の結晶である地域循環型の食は、影を潜めつつあります。
スローフードは、地域の食文化を再考することで、今を生きる私たちが失いつつある「豊かさの価値」を見いだすキーワードでもあります。会員数の増加はもちろん活動の励みになりますが、重視すべきは、スローフードの理念に触れることで、スーパーで手に取る食材の背景に関心を抱くようになったり、家族や友人と囲む食卓の大切さをあらためて考えるなど、普通に暮らしている方の視点や行動が変わることだと思っています。
北海道は、とりわけ市民による草の根的なスローフード運動が盛んです。私は2001年の「スローフード・フレンズ帯広(現・スローフード・フレンズ北海道)」発足当初から参加し、06年からは事務局長も務めました。
主に全道各地で行われる、食にまつわるテーマの講演会やシンポジウムを開催、また生産現場では農家さんや漁師さんにご協力いただいて、現場の厳しさと豊かさを学びました。そして、地域それぞれの郷土料理を味わいながら仲間と語り合うたびに、コミュニティ(共同体)としての喜びを共有しています。
スローフードが目指すのは、何万食を売ることや、何万人も動員するという「量」ではありません。小さくゆっくりと「質」を高めることは、一見遠回りのようでも、実際はそれが一番の近道だと実感しています。
★山本さんは今春、「スローフードしむかっぷ」を設立し、さらに地元に密着した活動を推進しています。経緯と意図は。
☆山本 私は大阪府出身です。89年、アルファリゾート・トマム(現・星野リゾートトマム)に22歳で就職し、占冠村に移住しました。都会から一転、生活の拠点はヒグマなど自分より絶対的に力の強い生き物も暮らす森の中。占冠ならではのスケールの大きな世界観に強烈な魅力を感じました。また、都会育ちの私には、大工仕事や火おこしなど、何でも自分でこなしてしまう地元の人の「生きる力」は驚きであり、憧れでした。
ホテルでは企画や広報を12年間担当しました。同年代のスタッフたちと地域資源や地域の食を探求するフリーペーパーを毎月発行し、当時は珍しかったアウトドア部門の新設や、全てを氷と雪で造る「アイスビレッジ」を提案するなど、その土地にある資源や特性を生かした企画を実現していきました。これらの経験がその後の人生を決めることになりました。
2001年に退職し、デザイン会社(有限会社日月社)を村内で起業。地域デザイナーの目線を生かして、さまざまな地域の魅力を発信しています。
有志で企画した「山菜市」はことしで8年目。準備段階では村民が山菜の種類や採り方、保存方法を学び、当日は占冠を訪れた方々に山菜や、鹿肉など地域食材の料理を振る舞って、抜けるような青空の下、春の訪れを一緒に祝います。このイベントの継続が「スローフードしむかっぷ」の始動につながりました。
★2年前から村議会議員も務めていらっしゃいます。さまざまな役割で占冠の地域づくりに携わる山本さんが思い描く未来図とは。
☆山本 占冠の中心部と最南部の集落・ニニウを結ぶ「鬼峠」という今は通れなくなった峠道があります。最初は1人でスノーシューを履いてたどっていたのですが、賛同者が増えて毎年40人ほどが参加するフォーラムとなりました。
峠越えの後は、ニニウ神社の小さな祠(ほこら)の雪下ろしと奉納相撲が恒例です。峠を越え相撲をとることで、時空を超えて当時の人と会話できるような気がします。
この小さな祠は、もう土台が腐って傾き始めていました。自分たちで修繕するのは出過ぎたまねという意見もあり思案していましたが、それを知った元ニニウの住民の方々が土台を修理してくれました。「過去そして現在のつながりを大切にする」というこのフォーラムの存在が、小さな地域再生につながったと感じました。
つながりを大切にする心を育てていくことや、地域の食文化を見直して地域内の循環を取り戻すことが、今後ますます大切になってくると思います。高度経済成長期の幻想を捨て、どうすれば持続可能な「質」の高い暮らしを構築できるのか。世代と世代をつなぐ役割も進んで引き受けていきたいです。
「そこそこご機嫌」というのは最近よく使うフレーズです。ぜいたくはできなくとも、仲良く、日々の小さな楽しみを大切にしながら、占冠の自然と共に静かに誇り高く生きる。50年後、100年後にも、大きな森や鵡川の流れと共に普通の暮らしがある、それが決して背伸びしない地域の未来像であり、世界中がそうであってほしいと願っています。
取材を終えて
心通わせること大切に
地域コミュニティは一緒に食卓を囲むような間柄、という山本さん。同意ではない人とも、顔を見て言葉を交わし、互いの心の動きを感じながら合意する過程で生まれるものを大切にしたいとおっしゃいます。効率の優先や力の優劣にとらわれがちな時代を問う山本さんの姿勢に、ふと立ち止まり、足元を見つめるインタビューでした。