真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第27回 株式会社永光農園代表取締役 永光 洋明(ながみつ ひろあき)さん

2013年09月20日 15時11分

 永光農園(札幌市清田区)は養鶏業を営んでいます。黄身にうま味があり、白身にはしっかりと弾力がある昔ながらの有精卵を生産し、クセのない優しい味わいが評判です。この卵を原料にした製菓店も経営。シフォンケーキをはじめ、プリンやロールケーキなど、安心・安全な素材に腐心する〝たまごやさん〟の手づくり菓子として人気を集め、現在札幌市内に4店舗を展開しています。「クリエイティブに農業を」という永光さんにお話を伺いました。

★永光さんは、永光農園の5代目です。養鶏業は永光さんの代から始められたそうですね。

永光 洋明さん

☆永光 以前は家業を継ぐ意思はなく、室蘭工業大学に進学しました。その当時、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件が起き、物質文明の脆(もろ)さや危うさを思い知る中で、父から「自然卵養鶏法」(中島正著・農山漁村文化協会刊)という本を手渡されたんです。安全な飼料を用いた平飼いの自然卵生産を核に、鶏ふんを活用して野菜や米もつくる循環型の農法を伝える内容で、大量飼育や大量流通、大量消費を掲げる養鶏とは一線を画す思想にも強くひかれました。

 実は、私が高校生のころまで、永光農園はホウレン草の専作でした。ホウレン草は、連作障害を起こしやすく、収穫する度に畑を消毒薬で滅菌します。菌を殺すほど強い農薬を使う農法に疑問や不安を抱いた父は、思い切ってホウレン草の専作をやめたんですね。その後は、はしりの有機農法を実践し、40種類ほどの野菜を生産。全て市場に出荷せず、敷地内のプレハブで直売も始めました。その頃としては新奇な試みで、近隣のお客さまに大変喜ばれました。思えば、父が私に「自然卵養鶏法」を勧めたのも、農業の未来を見据えた先見だったのでしょう。

 大学卒業後、早速ひよこ100羽を平飼いし、主に道産の飼料を用い、抗生物質や添加物は一切使用しない「自然養鶏」で飼育しました。温度管理に気を配り、ひよこたちにストレスのかからない住環境にも配慮し育て半年、無事産まれた卵は、黄身が盛り上がりまろやかな自信の味わいでした。とはいえ、流通の窓口などありませんでしたから販売には一苦労で。何とか自力で販売しようと、農園の沿道に「自然卵」ののぼりを立て、その傍らの台にパック詰めの卵をのせ、横には私が売り子として座り奮闘していたところ、ある時、通過した車がUターンして来たんですよ。のぼりに注目された近郊にお住まいのお客さまでした。

 それからは、一人、また一人と口コミで広まりました。養鶏を始めて15年。今は3000羽を飼育し、配達や直営店舗での販売のほか、各地直売所などからも引き合いがあります。熱烈なファンもいらっしゃって、お客さまの喜びのお声が何よりも励みです。

★永光さんが、農園の卵を活用し製菓事業に着手されたのは2006年です。生産者さんが、2次、3次産業にも携わる「6次産業」の先駆けだったのではないかと思います。

永光 洋明さん

☆永光 当初は、卵の売れ残りや規格外の活用を思案し、自宅で味わったり差し上げたりできればと、私一人でシフォンケーキを作り始めたんです。シフォンケーキの作り方はシンプルで、材料も比較的安価。素人の私でもチャレンジしやすい製菓でした。なかなか味がよいと褒められたもので、敷地内に父が開業した蕎麦屋で販売しましたらよく売れて。ほどなく、評判を聞き付けたという大型商業施設の担当者から、期間限定で出店のお声掛けをいただきました。

 その頃から母の手も借り製造を始め、初出店では1日に6―7万円分を売り上げる好評。有り難いことに、別の大型商業施設などからも次々にお声掛けをいただき、前向きに直営店舗を増やしました。2010年には、製菓業専門のスタッフも雇用し、今は10人以上の体制で菓子を作っています。加工品であっても鮮度が大切。作り立てをモットーに、販売できるのは、シフォンケーキで多くても1日300ホールくらいです。ことのほかしっとり柔らかくおいしいと、お子さまからお年寄りまでご支持いただいております。自然養鶏へのチャレンジが、思いがけない好展開につながりました。

★永光農園のお菓子は、養鶏農家さんが自ら作る卵の加工品です。製菓事業の進展に、あらためて「顔が見える」商品の力を感じます。

永光 洋明さん

☆永光 これまでを振り返り、商品の背景やストーリーが注目される時代のニーズを実感します。製菓に注目していただけるのは、当農園の安全でおいしい卵に対する信頼あってこそ。その人気に、身の引き締まる思いも致します。鶏小屋の建て方から丁寧に指南する「自然卵養鶏法」からは、何でも1から自分で試みる著者の姿勢と「自立」の極意が伝わってきました。私にとって、自然養鶏も加工も販売も全て新たな試み。自分の力で一つ一つ積み重ね進んできたことは、自信になっています。

 事業拡大に伴い、経営者としての経験不足も痛感していますが、経営の術も着実に身に付けていきたいですね。卵を産んだ後の鶏肉を活用した加工品や、食卓に置いてあるだけでもおしゃれな瓶詰めのマヨネーズなど、あたためている商品アイデアはまだまだありますよ。今後も、農業の可能性をあらゆる切り口で捉え、多くの人に共感いただき喜んでもらえるクリエイティブな農業を試行錯誤していきたいと思います。

取材を終えて

ひたむきな姿勢伝わる

 6次産業化が進めば、まちの景色も人の動きも変わるのでは、という永光さん。直売所やファームレストランが、都市と農村の交流拠点としてにぎわう未来に馳せ、期待に満ちた笑顔を見せます。農業の可能性にかける永光さんの前向きな志向とひたむきな姿勢が伝わってくるインタビューでした。


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