荻田さん(鷹栖町在住)は、日本人初の「北極点無補給単独徒歩」に挑んでいます。行程は、カナダ最北端から北極点までのおよそ800㌔。たった一人で100㌔もの食糧や燃料を積載したソリを引き、その間物資の補給はいっさい受けずに踏破するという冒険で、成功すれば世界で3人目の快挙となります。初挑戦の昨年は、気象条件の悪化でやむなく途中撤退した荻田さん。来年の再チャレンジを正式表明し、意欲を燃やしています。
★北極冒険家として活動するようになった経緯は。
☆荻田 きっかけは、2000年に冒険家・大場満郎さんが指揮し、大学生有志を募り開催した「北磁極を目指す冒険ウォーク2000」への参加でした。私は、大学生活に目的を見出せず中退したばかり。有り余るエネルギーの矛先をどこに向け、どう生かせばいいのかが分からず悶々としていた頃で、たまたま大場さんが出演していたテレビ番組を見て、その企画を知ったんです。
大場さんは、日本を代表する冒険家の一人。番組で熱っぽく語る様子は生き生きと輝き、大場さんの呼び掛けに赴けば、私も熱中できる何かが見つけられるかもしれないと期待めいたものを感じました。
初めての北極が、初めての海外で初めての冒険。しかも冒険ウォークは、北緯75度に位置するレゾリュートから北磁極を目指し、700㌔もの距離を、大場さんと、同年代十数人と共に35日間かけて歩くダイナミックな旅で、刺激的な体験でした。
冒険が終わると、その余韻もつかの間、いつもの〝日常〟に戻り、結局ちっとも変われていない自分にますます苦悶して。あれこれ思い悩む暇があるなら、とにかく行動を起こしてみようと。できることといえば、北極の冒険以外思い当たりませんでした。早速アルバイトでお金を貯め、翌冬再度レゾリュートに渡り、1カ月間滞在して極寒地で暮らす感覚を身体に憶えさせながら、キャンプ生活やスキー、ソリを引く練習など、極地冒険のトレーニングに徹しました。
02年3月には、レゾリュートから500㌔離れた集落まで、初めての単独徒歩行に成功。11年には、19世紀に北極で消息を絶った英国のフランクリン探検隊の足跡をたどり1600㌔を歩きました。これまでに、カナダ北極圏やグリーンランドを中心に12度北極を訪れ、総徒歩行距離は8000㌔を超えています。
★北極点無補給単独徒歩は、〝極地冒険の最高峰〟とも言われているそうですね。荻田さんの冒険家としての意気込みと、昨年のリタイアの苦渋を想像しました。
☆荻田 北極点無補給単独徒歩は長年の目標でした。昨年は、初めての北極単独徒歩行から10年目。年齢も30代後半にさしかかる節目の年で、冒険家として体力と気力のバランスが最もよい時期に、念願の挑戦を決意しました。
大掛かりな冒険です。資金1000万円は、私のアルバイト代だけでは賄えず、多くの方に協力を請い、メディアにも取り上げていただけたおかげで、全国のサポーターから800万円もの寄付をいただきました。寄付してくださった皆さんと冒険を分かち合いたくて、一人一人のお名前を手書きで書いた旗を携え、北極点に到達した暁には、旗を立て写真を撮ると約束していました。
ところがいざ出発してみると、急激な地球環境の変化で、海氷は著しく減少。氷は薄く割れやすく、割れ目の数も計り知れず。割れた氷がぶつかり合い盛り上がった乱氷帯も巨大でした。猛烈なブリザードにも見舞われ、衛星写真や気象専門家からもらった詳細なデータと照らしながら、冒険継続の可能性をギリギリまで思案しましたが、事態の改善は見込めないと判断。悔しさはあれど、ここで死んでしまったら次がないのだと冷静に決断しました。
サポーターからは、帰国後も激励の言葉をいただきました。知人は小学生の息子さんと、冒険の道程を地図で追いながら、ホームページで公表していた北極からの衛星電話の録音を楽しみに聞いてくれていたそうです。お金や時間を割き、私の冒険を心に留めてくれていた皆さんの支えをあらためて感じ、うれしさがこみ上げました。
★5年前から北海道に拠点を移された荻田さん(神奈川県愛川町出身)の挑戦に、道内サポーターの注目と期待が高まっています。
☆荻田 私は、ひたすら自己成長を願い冒険に挑んできましたが、自分のために行動し吸収してきたものを、社会に還元する今後を模索し、心機一転、移住を思い立ちました。北海道の人たちは地元愛が深く、移住者である私の活動も、惜しみなく応援してくれます。思いや美学を共有できる仲間たちと地域活性を標榜する活動にも乗り出し、私の世界は確実に広がっていると実感しています。
再挑戦は来年3月。当面の課題は1600万円の資金をつくることです。資金集めは、私の活動を社会に知ってもらえる機会。思いや冒険の意義をできる限り広く発信していきます。
昨年のリタイアで、冒険を遂げるには、北極の環境の変化に適応する新たな手法を生み出す必要があると痛感しました。大規模な氷の割れ目は歩いて渡れませんから、水陸両用の装備も重要。機能的で積載の負荷を考慮したオリジナルのボートづくりも検討しています。
知恵と経験を駆使し困難をいかに乗り越えるかが、冒険の醍醐味(だいごみ)です。やりたいことに夢中になれる今は宝物。再チャレンジに全力を尽くします。
取材を終えて
大きな世界観に胸熱く
北極では、200mも離れた場所にいるホッキョクグマが間近に感じられるほど、五感が研ぎ澄まされるのだそうです。過酷な環境の中で、人間は思わぬ力を発揮するという荻田さん。冒険は「自分の力を試すチャレンジ」だと話します。来月には、著書「北極男」(講談社)も刊行。冒険家の視点と北極の圧倒的な世界観に、胸が熱くなるインタビューでした。