林さんは、「食」や「農業」「地域づくり」に精通するキャスター、ジャーナリストとして知られています。道内外に及ぶ取材活動を軸に、テレビ・ラジオ番組への出演や講演、執筆などに携わる傍ら、2006年に北大工学部社会人博士課程を修了し、「農村と都市の共生による地域再生の基盤条件の研究」で、博士(工学)を取得。08年には、慶応大大学院システムデザイン・マネジメント研究科(農都共生ラボ担当)の特任教授に就任すると同時に、札幌を拠点に「農都共生研究会」を始動しました。農村と都市が共に繁栄する未来を標ぼうし、活動の幅を広げる林さんにお話を伺いました。
★林さんが、農村と都市の共生に着眼したきっかけは。
☆林 もともと食や農業に関心があり、北大農学部に進学したんです。新卒で民放にアナウンサーとして入社し、5年後に長男を出産しました。産休から復帰し、遊軍的な仕事ばかりで焦りを感じていた私に、ある先輩が「自分が何をやりたいのかじっくり考え、それに向けて準備できる貴重な時期だよ」と助言してくださって。早速、個人的に新聞記事などを収集していたスクラップブックを再編集してみたら、やはり食や農業に関するネタがものすごく多かったんですね。志向が明確になりました。
2人目出産を前に退職し独立。以来、役所の審議会や地域振興プロジェクトの委員や役員などを拝命し、農業と地域づくりについて思案し発言する機会も増えていきました。
刺激を受けたのが、イギリス湖水地方の旅でした。ロンドンから列車で3、4時間ほどの長閑な農村地帯は「童話ピーターラビットのふるさと」と呼ばれる場所。休日を〝憧れの〟田舎で過ごしたいという英国内の都市生活者をはじめ、世界各地から多くの観光客が訪れている農村の光景に心打たれました。グリーンツーリズム先進国で実感した「農村と都市の共生=農都共生」の価値が、向学心と好奇心を駆り立て、その後の大学院進学にもつながっていったのだと思います。
★慶応大大学院システムデザイン・マネジメント研究科(以下、慶応SDM)は、世界的にも先駆の学問を教授する大学院なのだそうですね。
☆林 システムデザイン・マネジメント(SDM)学は、全体統合型の学問です。学生は、単一の専門性に特化した、いわゆる縦割り型の学問にとらわれず、さまざまなカリキュラムを自由に選択できます。慶応SDMは、現代社会が直面している諸問題を、マクロな視点で俯瞰し解決に導く次世代のリーダー育成を目指しているんです。私が担当している農都共生ラボでは、農業を社会の一システムと捉え、農村と都会の共生を手掛かりに、新たな農業の在り方を模索しています。
私は、月に一度の「アグリゼミ」開講に加え、農都共生研究会との共催で農業視察や援農も実施しています。昨年とことしは学生たちと十勝を視察しました。農業体験で、初めてトマトをまるかじりし感激する学生もいます。畑の土のふわふわした感触に感動する学生もいます。先進的な農家さんの取り組みに刺激を受け、野菜販売など農業を支援する会社を起業した学生もいます。
農都共生は、農村と都市間に、「人材」「情報」「経済」が循環することを目指した地域再生の概念です。農都共生ラボでの五感に響く実体験も、その環(わ)を生み育んでいるのではないかと感じています。
★林さんが思い描く農都共生が実現する未来図は。
☆林 農村は、ストレス社会に苛まれる都市生活者の心のよりどころです。都市生活者は農村に出かけ、農家民宿(ファームイン)や農家レストランなどでひとときを過ごすことで心身が癒されます。その対価で農村も経済的に潤うんです。少子高齢化が進み、離農や後継者不足など、疲弊する農村の現状が取り沙汰される中、農都共生が創造する未来に可能性を感じています。
そのためには、農村におけるコミュニティビジネスの推進や開発も一つの鍵です。以前、道外のとある直売所で、地元農家のおばあちゃんたちが、切り干し大根を販売していました。よく見ると、細切りや太切り、イチョウ切りや輪切りなど大根の切り方で商品のバリエーションを増やし並べているんです。小規模な農家さんならではの工夫だと聞き、おばあちゃんたちの意欲と知恵に感心しました。
アグリビジネスに興味はあっても、資金や設備や経験などが十分ではないことで躊躇(ちゅうちょ)している農家さんには、こうした実例を励みにしていただきたくて、身の丈で商売はいくらでも可能なのですよ、とお伝えしています。
また農都共生研究会では、札幌市の雇用推進事業を受託し、求職中の方を対象に「6次産業人材育成講座」を開講。1次産業の経営の多角化や、1次、2次、3次産業の連携で新たな技術や商品の創出を目指した6次産業化の後押しにも力を入れています。
農村と都会が互いに必要とされ、支え合う豊かな未来に向け、少しでも貢献できれば。地道に取り組んでいきたいと思います。
取材を終えて
前向きな活動に共感
ご講演などでは、少なくとも5年、10年先を見据えて、地域の力になるような内容を心掛けているという林さん。農産物の加工品開発を手掛ける農家さんや、直売所を開設されている農家さんから、「実は、林さんの情報発信にヒントを得た試みだった」と報告を受けた時には、思いがけずうれしかったとおっしゃいます。農都共生の豊かさを知り、伝え続ける林さんの堅実で前向きな活動に、共感したインタビューでした。