真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第31回 株式会社いただきますカンパニー代表取締役 いのくち ふみこさん

2013年11月15日 16時51分

 いただきますカンパニー(帯広)が展開する体験型観光事業が話題です。地元在住の「畑ガイド」を案内役に、十勝管内の農家に理解と協力を請い、普段なかなか入ることができない畑の中で、菜の花のお花見、トウモロコシのもぎとりや小麦の収穫体験、ナガイモ畑でむかご探しに興じるプログラムなど、季節や農作業の進捗に合わせた多彩な「畑ツアー」を実施。畑の傍らで、そこで採れた農作物の料理を味わう「畑カフェ」も人気で、2012年3月の起業以来、道内外から延べ3000人以上を集客しています。十勝の〝畑〟を感じる旅で、「食べることは生きること」をゆるやかに着実に伝えていきたいという、いのくちさんにお話を伺いました。

★いただきますカンパニーの事業は、観光を切り口に、生産者と消費者を結ぶ取り組みとしても注目されています。起業のきっかけは。

いのくち ふみこさん

☆いのくち 父が、牧柵の設計や販売業に携わっていました。幼い頃から畜産業に親しみがあり、札幌の高校を卒業後、帯広畜産大に進学。漠然と羊飼いに憧れ、その実務を学びたくて、大学の講義のほかに、個人的に先輩の牧場でお手伝いもしていたんです。そこで、トラクターを運転させてもらい、刈りたての牧草の香りに癒された時間は格別でした。

 はしりのグリーンツーリズムの勉強会やワークショップにも参加し、農村と都市の交流を図る観光振興の実践と可能性について侃々諤々(かんかんがくがく)する皆さんから、大いに薫陶も受けていました。こうした経験を通し、〝農村の日常〟が生きる観光に俄然(がぜん)興味を抱き、大学卒業後は自然ガイドをしたり、見聞を広めるべく海外にも留学。十勝観光連盟に就職してからも、農業を観光資源と捉えるプロモーションに注目していたんです。

 起業のきっかけは、懇意の有機農家さんなどにお声掛けし、娘の保育園の一角でお迎えの時間に野菜を直売していただいたことでした。子どもたちの健やかな成長のために、できる限り吟味してよいものを食べさせたくても、働きながらの子育てで買い物に時間が割けない。保育園にマルシェがあれば、私同様の悩みを持つお母さんたちの助けにもなるのではと思い立ったんです。農家さんたちにも、子どもとの触れ合いが張り合いになると好評でした。母として子を思ったゆえの提案で、思いがけず、生産者と消費者を橋渡しでき、やりがいを感じました。

 一昨年に働くお母さんたちと設立した「育自サークルこむすび十勝」では、畑を親子で巡るツアーを企画。観光を手段に生産者と消費者を結ぶ起業も視野に入れ1年に7回開催し、自信を深めました。昨年、内閣府の地域社会雇用創造事業の支援を受け起業。こむすび十勝の活動は、食育プログラムの「畑クラブ」として、畑ツアー、畑カフェと共に、弊社事業の3本柱になっています。

★いただきますカンパニーが提案するプログラムは、生産現場の背景を知り、生産者さんの思いをくむ「畑ガイド」による案内が特徴ですよね。

いのくち ふみこさん

☆いのくち 十勝の農業は、9割以上が大規模な専業です。農家さんは忙しく、畑にお客さまを招き、農業を身近に感じていただきたいという気持ちはあっても、接客に多くの手間がかけられません。そこをお手伝いするのが、私たち畑ガイド。十勝の事情に添った仕事だと思っています。

 畑ガイドの案内は、農家さんとの密なコミュニケーションによるものです。ある小麦農家さんは、高性能な遠赤外線の乾燥機を導入し、小麦の品質向上に努めていました。よくよくお聴きすると、その小麦は、別の生産者の小麦と一緒に製粉されてしまうもので、品質が向上しても、高く売れるわけではないのだそうです。それでも農業はおいしくて質の良いものを生産する仕事だからと淡々とおっしゃって。プロフェッショナルな姿勢に感動しました。

 生産農家や生産者名を明記していない農作物にも〝顔〟はあります。私たちの媒介が、農作物から、生産者さんの心意気や、誠実さ、農業技術の高さなどを想像していただける一助となれば。消費者の正しく深い理解は、子どもたち、またその子どもたちも、生き生きと生きる未来に不可欠な農業を、支える力になると信じています。

★いただきますカンパニーには、母として未来を見据え、一消費者として生産者を応援するいのくちさんの思いが込められているのですね。

☆いのくち 小学生の時に、山間に住む友人の家で、鶏を屠殺し食べる機会がありました。切る前は手が震えたけれど、羽をむしり、現れたのはいつもの鶏皮。作業が進むにつれ、鶏は見慣れた鶏肉になっていったんです。思えば、動物だけではなく、野菜も穀物も生きています。私は生き物の命をいただき生きているのだと実感した経験でした。

 いただきますカンパニーの事業は、農業や社会のあるべき未来に向けた働き掛けです。十勝の豊かな農地があり続けてほしい、北海道の農業がいつまでも元気であってほしいと願っています。ささやかな活動ですが、農作物が息づく畑で、一人でも多くの人に、「いただきます」の本当の意味を自ら感じていただけるよう、長い目で取り組んでいきたいと思います。

取材を終えて

輝く笑顔に豊かな未来

 畑ツアーの最中に、予期せず生産者さんがやってきて、ツアー客が、自分の畑や、育てた作物に興味津々な様子をそっと見守っていることもあるそうです。その表情が本当にうれしそうで胸がいっぱいになるといういのくちさん。いのくちさんの輝く笑顔に、十勝の畑で生まれ、育まれている豊かな食と豊かな未来を思うインタビューでした。


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