真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第33回 農事組合法人共働学舎新得農場代表 宮嶋 望(みやじま のぞむ)さん

2013年12月20日 14時22分

 国内外の食通から注目される共働学舎新得農場(新得)のチーズ。農場では、本場・欧州で開催する「山のチーズオリンピック」で2度の金メダルに輝いた「さくら」をはじめ十数種が生産され、その味と品質は世界的に高い評価を得ています。共働学舎は1974年、宮嶋さんの父・真一郎氏により、長野県北安曇郡小谷村で創設されました。「自労自活」を理念に、精神の病や身体にハンディを負い行き場を失った人たちなどを受け入れる場として、現在は長野県と北海道の計5カ所で展開。新得農場は78年に始動しています。

★共働学舎は、社会福祉に寄与する取り組みなのですね。

宮嶋 望さん

☆宮嶋 父は、「自労自治」を掲げる自由学園(東京都東久留米市)の教師でした。退職後も理想の教育を模索した父は、精神的な不安や身体的な障害を抱え机上の学問がままならない人たちも、自給自足を基本に、自力で生活できる術を学べる共働学舎を構想。〝競争社会〟ではなく、個の能力を発揮することで実現する〝協力社会〟を目指しました。

 私は74年に渡米。ウィスコンシン州の牧場で酪農実習生として2年間働いた後、ウィスコンシン大の酪農学科に進学し、農学士(B.S.)を取得しています。驚いたのは、農業経営の教授が、農畜産物を国際政治上の戦略物資と位置付けていたこと。米国の先進的な農業技術を学べた一方、質よりも量産を推進する農業経営には合点がいかず、これに追随しない酪農の実践を決意し帰国。共働学舎の取り組みに賛同してくださった新得町から無償貸与いただいた30haの町営牧場跡地を引き受けて、入植しました。

 新得農場は、私の家族と後輩、長野の共働学舎にいた青年2人を含め6人でスタート。水道も電気もない山の斜面に、自力で沢から水を引き、使用済みのプレハブを解体した建材で、住宅や牛舎も建てました。

 購入した初産牛6頭を放牧し育て、ほどなく生乳を生産できるようになったものの、折しも生産調整で余った牛乳は紅を入れ捨てられていた時代。農協の正会員となる前は思うように出荷できず、自分たちで飲み切ることもできない。牛乳を無駄にしたくない一心で、バターやチーズをつくり始めました。

★高品質のチーズづくりを手掛けるようになった経緯は。

宮嶋 望さん

☆宮嶋 農場を開設し、気付けば牛よりはるかに多い人を受け入れていました。この規模で牛乳を出荷しているだけでは生活できない。寄付に頼らず収支を安定させる経営を思案し、牧場製の商品開発に着目。「ゆっくり」している私たちの作業ペースに合う、熟成期間が長いハード系のチーズづくりに取り掛かりました。製造の手間はリスクではなく、腰を据え〝本物の味〟を追求し付加価値を高められる機会と捉えていました。

 専門に長けた帯広畜産大の卒業生に開発を託し、私がマーケティングを担当。試行錯誤し7年経過したころ、国際交流関連のプログラムでヨーロッパを視察し、幸運にもフランスで、AOC(原産地呼称証明制度)チーズ協会のジャン・ユベール会長に引き合わせていただけたんです。

 AOCの始まりは産業革命期にさかのぼります。当時フランス・ボルドー地方のワインに目を付けた資本家が原料を買いあさり、工業生産でワインを大量流通させ、ボルドーワインの評判を著しく落としたことがあったそうです。フランスのAOCは、工業化の風潮に反発し、昔ながらの製法でワインを造る生産者を守るためのもの。効率を優先する社会で不利になった人たちと一緒にものづくりをして自立を図る私たちの志向と重なりました。

 ユベール氏はその翌秋、新得農場を訪問。チーズづくりに最適な環境を鑑み、「自家製の牛乳を原料にすること」「原料は機械で運ばないこと」という助言をくれました。

 品質管理が行き届く自家製牛乳は、安心・安全な原料です。機械を使わず運べれば、傷みもなく味が落ちず発酵も活発。ユベール氏の教えは、チーズのおいしさを左右する極意でした。早速、搾乳室と工房を近づけ、工房の床を下げてポンプを外し高低差で搾り立ての乳が自然に流れていく施設を整備し、その後も年に数回、フランス人コンサルタントを招き、製造技術講習会を重ねました。

 甲斐あり完成したラクレットチーズは、98年の「第1回オールジャパンナチュラルチーズコンテスト」で最優秀賞に選ばれ、私たちのチーズを多くの方に認知いただく契機となりました。

★「山のチーズオリンピック」の金メダルは、国産チーズ初の快挙でした。

☆宮嶋 チーズ先進国に学んだ技術や発想を昇華し、オリジナルのチーズづくりにも努めてきました。「さくら」は、優れた味覚を持つ日本人の嗜好(しこう)に添うものであれば、世界でも通用すると信じ開発。桜の葉で香りを付け、塩漬けの花をあしらったソフト系チーズの自信作です。さくらの受賞はフランスでも報道されたと聞いています。

 共働学舎のチーズは、ここで共に働き生きる人たちそれぞれの能力が最大限に生かされ、つくられています。個々の能力を結集し、生産力や販売力を上げ、経済が成り立つ仕組みを維持することで、彼らの社会的自立を示せれば。今後も、世界が認める本物のチーズづくりに腐心し、手探りですが、確信をもって、あるべき社会の未来を標榜(ひょうぼう)していきたいと思います。

取材を終えて

豊かな思いと営み知る

 自由学園在学時に、物理学や植物生態学を学んでいたという宮嶋さん。ペルーに赴き、農業技術が発達していたインカ帝国時代の遺跡もご自身の目で確かめ、科学的知見と先人に学ぶ「自然の法則」を生かした酪農業を実践されているのだそうです。自然の仕組みに逆らわないことで人も牛も健康になり、おいしいチーズもつくられるという宮嶋さん。〝本物〟のチーズづくりに込められた豊かな思いと営みを知るインタビューでした。


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