真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第41回 有限会社らうす海洋深層水代表取締役 湊屋 稔(みなとや みのる)さん

2014年05月16日 15時30分

 湊屋さんは羅臼町で4代続く漁師です。鮭漁の傍ら、1999年に「らうす海洋深層水」を設立し、海洋深層水を原料に、飲料水や塩、焼酎などさまざまな商品を開発し販売。豊富なミネラル分や、きめ細やかな水質などが生きた良品は、町の特産品としても人気を集めています。起業は、漁業の町の未来を創る手掛かりだったという湊屋さんにお話を伺いました。

★起業のきっかけは。

湊屋 稔さん

☆湊屋 羅臼はとりわけ豊かな漁場に恵まれ、〝スケトウバブル〟といわれていた頃には、中学を卒業したばかりの漁師でも、700万円もの年収を得るほどだったんです。私はいったん地元を離れ大学に進学。町外企業の就職試験も受け内定もいただきましたが、結局就職はせず、家業を継ぐことを決意。30年ほど前に帰郷しました。

 その数年後には、スケトウダラの水揚げ量が減少。原因は、漁業技術の進歩により漁獲量が増えた上に、ロシアの大型船の操業で、魚が減ってしまったことでした。漁師町の危機を予感し、地元の仲間と顔をつき合わせては、羅臼のこれからを思案していました。ひらめいたのが、その頃話題になり始めていた海洋深層水の活用で、羅臼近海の深層部の海水を調べたところ、海洋深層水であると確認でき、早速、同志6人で出資し起業したんです。

 海洋深層水は、太陽光が届かない深海の海水です。低温で菌が繁殖せず、栄養も豊富なこの海水で、水揚げされた魚を保存し衛生管理すれば、羅臼産の魚の質が向上し、町の未来に貢献できると思いました。とはいえ当初は、直径数cmのホースでくみ、1日に2、3t使用できる程度。大量に水揚げされる魚の鮮度を保つほどには及びません。そこで、まずは地道に海洋深層水を活用した商品を開発し販売しながら、この水の良さを知ってもらうよう努めました。

 当社の最初の商品は飲料水でした。ペットボトルに入れ、さあ売るぞとなっても、魚の値付けは仲買の仕事でしたから、妥当な卸値が分からなくて。当初は、スーパーマーケットや小売店など、営業の先々で商売の基礎を教えていただきましたね。ものづくりに臨む楽しさや、お客さまの喜びの声を知るうれしさは、それまでにない経験でした。

 グランブルー(旭川・合同酒精)の原料になるなど、道産商品を製造する道内企業からも注目いただき、海洋深層水の効用を広く知っていただけたのではないかと思います。そのかいあってか、現在漁港には、国により海洋深層水を1日に3,600tもくむ大規模な設備が備えられました。地域を元気にする取り組みとして、商品開発は続けています。

★漁業が盛んな羅臼で、漁以外の事業でも実績を積まれ、注目されていますよね。

湊屋 稔さん

☆湊屋 実は、出資者6人のうち半数が町外からの移住者です。私も大学進学で、町から一度離れています。外からの視点で地元を俯瞰(ふかん)すると気付きがあるんですね。可能性も見えてくるんです。

 最初は私たちの取り組みを傍観していた町民の中にも、アクションを起こす人が増えたように感じます。漁師で立ち行かなくなったけれど、船の操縦技術で観光船を始め成功している人もいます。乗組員14、15人の食事作るなんてお手のもの、というおばちゃんは民宿を開業しました。

 町をよくするためには、夢を語るにとどまらず、実践し実績を見てもらうことが一番ですね。昨秋は東京で、漁協と三菱地所の共催による「知床・羅臼祭り」も実施しました。東京の有名シェフが、羅臼昆布をはじめ羅臼の海産物を生かした料理を作り、提供する期間限定のイベントです。

 その際、その道40年の昆布名人も上京し、イベントに協力をしてくださった著名な料理評論家の方などに、羅臼昆布のうま味を醸す40以上もの製造工程などを熱心にご説明できまして。これが機となり、ことしスペインで開催された食の見本市にも参加でき、名人自ら日本政府展示ブースに立ち、世界に向け羅臼昆布をご紹介しました。こうした町民の活躍も、町を活気づけていると思います。

★湊屋さんたちの挑戦は、周囲の意欲ややる気も駆り立てているのですね。

☆湊屋 次なるチャレンジは、農業で海洋深層水を活用することです。牛は、塩分やミネラル分を取るために、鉱塩というブロック状の固形飼料を1頭で年間20tくらいなめるんです。海洋深層水がその代用になるのではと提案し、試験的に使ってもらったところ、整腸作用が良好で、ふん尿のにおいも軽減したそうなんです。S玉のレタス畑に塩分を取り除いた海洋深層水をまくとLL玉ができ、収益が3倍になったというデータもあります。

 海洋深層水は、岩内や熊石でも扱っていますから、北海道全域で活用できる可能性もあると思いますよ。新しいチャレンジは、新たな出会いの機会。新たな出会いが新しいアイデアを生み、ネットワークを生み、可能性はさらに広がり続けています。

 私は羅臼町で生まれ育った漁師。故郷に対する思いが活動の原点です。その思いを理解してくれる町外の人も、他地域、他分野との橋渡し役などを引き受けてくださいます。それも羅臼が、人を引きつける魅力に溢れた町だからなのだと思います。人に生かされ、地域に生かされている「おかげさま」の実感が、私の原動力ですね。

取材を終えて

満たされた笑顔が心に

 函館の大学で応援団に所属していたという湊屋さん。地域が元気になるように、函館山から町へ向かってエールを送ったこともあるそうです。応援団にとって、「応援してくれてありがとう」という言葉は、代え難い喜び。当時の経験は、今の活動に通じていると振り返っていらっしゃいました。湊屋さんの満たされた笑顔が心に残るインタビューでした。


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