真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第44回 株式会社正文舎代表取締役 岸 昌洋(きし まさひろ)さん

2014年07月04日 18時49分

 正文舎(本社・札幌)は、ことしで創業80年目を迎えます。1934年に岸さんの祖父・岸孝一氏が印刷所を開業後、書籍、雑誌、新聞、業務用印刷物やパンフレット、カタログなど印刷物全般を手掛ける印刷事業に従事。2007年に岸さんが社長に就任して間もなく、ソフトウエア会社と共同出資で、ホームページの制作やWEBコンサルティングなどを主体とするグループ企業「株式会社WEBサクセス」を設立し、紙媒体のニーズやマーケットの縮小を見据えた新事業も着実に積み重ねてきました。業界の枠を超えた新展開に挑む岸さんにお話を伺いました。

★畑違いのIT事業に着手した経緯は。

岸 昌洋さん

☆岸 以前はOA機器営業のサラリーマンをしていました。1995年に先代である父が病に倒れ、いずれは家業を継ぐことを決意し、正文舎に就職したんです。

 創業時は活版印刷で、量り売りの薬を入れる薬袋の印刷などを手掛けていたそうです。紙媒体の需要増加と印刷機器の進化に伴い事業は拡大。コンピューターが電算機と呼ばれていた時代に、印刷ページのひな形をつくるアイデアで作業の効率化を図るなど、祖父の代から先駆の開発も推し進めていました。

 私の入社は、パーソナルコンピューターが普及し始めたころ。何人もの職人の手により行われてきた作業が、たった1台のパソコンで完結できるようになっていったんです。プリンターも普及し、DTP(デスクトップパブリッシング)がスタンダードになると、社内に広報部をつくり、印刷業者への外注を取りやめる企業も増え、個人で年賀状や名刺印刷が手軽にできるようになりました。

 また紙そのものの製造には、大量のチップや水を使用する上に、廃紙から古紙を作るのにも大量のエネルギーを要します。入社後は、配達や製造部門、デザイン部門などの現場に学び、市場の縮小や環境問題への関心の高まりを肌で感じながら、印刷事業の将来を模索する日々でした。

 私たちは、いわば情報加工というものづくりのプロフェッショナル。媒体が紙であるか否かに関わらず、お客さまが伝えたい情報を、伝えたいところに、いかに伝えられるかに専心し続けてきました。私が継いだのは、印刷事業ではなく会社です。使命は、これまで培ってきた技術や熟練を、時代に即し、いかに変革させるかだと思いました。

 WEBサクセスは、当初から正文舎との経営統合を目指し起業しています。WEB専門の人材を登用し、新たなスキルやノウハウを蓄積して、私たちの情報加工技術の革新と強化を図り、会社の屋台骨を太くする目的でした。おかげさまで東京や大阪などからのご依頼も多く、一法人として道内外でしっかり認知される活動を重ねてきました。

 2年前には、社名を「正文舎印刷」から「正文舎」に変更。時間をかけ、双方の営業部や制作部、経理部などの情報共有を実践し、お互いを支え協力し合える体制も固めていきました。対外的だけではなく、新事業に前向きな社内の気運が高まる〝時〟を待ち、経営統合。WEBサクセスを弊社のIT事業部門に転換し、念願だった東京営業所も始動しました。

★長く続く会社を引き継がれました。経営で心掛けていることは。

☆岸 少子高齢化はますます進み、労働人口の減少も顕著です。印刷事業の市場規模は6兆円ほど。バブル時代の絶頂期から2兆円強も減り、廃業や倒産に追い込まれた同業も少なくありません。

 しかし、弊社にとって、人は財産、設備は資産。会社経営を継続するために、雇用を守ることを最優先しています。業界を取り巻く喜ばしくない環境を承知しつつも、リストラなどによるコストカットで事業の規模を縮小したり、設備を全て廃棄し業態を変えるというドラスティックな変革ではなく、新事業にチャレンジする過程で、社員のモチベーションが向上するような緩やかな変革を志向しました。

 経営統合を機に、スマートフォンのアプリ制作に関心を持ち、担当を名乗り出る印刷技術者もいます。エンドユーザーと直結するIT事業に刺激を受け、これまで「製品」として扱っていた印刷物を「商品」として捉え、じかに手に取るお客さまのニーズを意識する社員も増えていると感じています。

★新展開の鍵を握るIT事業には競合他社も少なくありません。展望を。

岸 昌洋さん

☆岸 長い年月をかけ築いてきた経営基盤は私たちの強みです。ベンチャーとは違い、リスクを最小限に抑え、革新的な事業に着手できます。今後は事業のグローバル化を狙い、WEBの需要拡大が見込まれる世界市場に着眼。経済成長目まぐるしい国や、情報インフラの整備が日本より遅れているという国々に関心を寄せています。

 印刷技術が世界一といわれる日本で、私たちもノウハウとスキルを習得してきました。内容や読者の嗜好(しこう)、目の動線に腐心して、印刷物の作成や本を制作してきたように、伝えたいことを、伝えたい人に、分かりやすく伝えるものづくりの心技は媒体を問いません。

 「人に褒められること」「人の役に立つこと」「人に必要とされること」は、仕事で得られる喜びだと思います。企業は、地域社会に貢献し、お客さまのお役に立ち、社員の人生を豊かにする場であり道具。その環境整備やメンテナンスを担うのが私の役目です。今後も、変えるべきことと守るべきことを見極めながら、次代につなぐ経営に力を込めて臨みます。

取材を終えて

進取の気性を胸に秘め

 新渡戸稲造の「武士道」がバイブルという岸さん。先見の明を持ち、潔さを良しとする武士道の精神性に触れ、読み返しては原点に立ち返るのだそうです。老舗企業を継承した岸さんの進取の気性とぶれない軸を知るインタビューでした。


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