真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第51回 十勝バス株式会社代表取締役社長 野村 文吾(のむら ぶんご)さん

2014年11月07日 16時02分

 2011年度の運送収入で40年ぶりの増収を果たした十勝バス(本社・帯広)。モータリゼーションの進展などにより地方路線バス事業の疲弊が進む中、逆境に屈せず黒字に転じた同社の奮闘は、書籍やミュージカルの題材にもなり、広く注目を集めました。十勝を拠点に、日本を豊かにする〝地方の力〟を見据える野村さんに、お話を伺いました。

★十勝バスは、野村さんの曽祖父の代から続く創業88年の企業です。野村さんは大手企業を退職後、1998年に同社に入社し、2003年に現職に就かれました。再建を決意した就任だったと伺っています。

☆野村 業界を取り巻く不遇な環境下で、当社も経営難が続いていました。利用者が全盛期の3割程度に落ち込んで、いよいよ時代の波を受け入れざるをえなくなった父(先代・文彦氏)が、便宜上筆頭株主になっていた私に、廃業を切り出したのが97年でした。

 それまで私は、父から会社を継げと言われたことは一度もなく、学生時代はプロテニスプレーヤーを目指していたほどテニスに熱中し、大学卒業後は国土計画(現・西武ホールディングス)に入社。リゾート事業の企画宣伝部で仕事にやりがいも感じていました。

 しかし父の決断を知った夜、希望に満ちた私の人生は、〝市民の足〟として当社を頼りにしてくださったお客さまお一人お一人の運賃に支えられていたことを思い起こすような夢を見たんです。地域の方々と十勝バスへの感謝の念にかき立てられ、再建の陣頭指揮を執る決意が固まりました。

★〝奇跡〟ともいわれる十勝バス復活劇の経緯は。

野村 文吾さん

☆野村 当社は長い間、利用者の減少を時代の流れと捉える保守的な風土で凝り固まっていました。再生の糸口を見いだせず、諦めムードを漂わせる社員たちに対する愚痴ばかりの私に、ある時、地元の先輩経営者が「社員を愛さなくては、会社はうまくいかないよ」と助言してくれたんです。この言葉に目が覚めました。

 以来、社員たちのささいな言動にも目を配り、仕事ぶりを温かくも冷静に見守っているうちに、彼らの良いところが際立って目に付くようになったんです。会社は社員たちの活躍あってこそ。その後の経営に生きる大きな視点の転換でした。

 復活の兆しを感じたのは、リーマンショックと世界的な原油高騰に見舞われた08年でした。倒産寸前の危機を乗り越えようと社員たちが自ら動いてくれたんです。それは、ある停留所の近隣で、時刻表と路線図を配布するという営業の提案でした。正直、原油高が進むスピードに対応するには、あまりにも小規模な働き掛けではないかとも思いましたが、彼らの意志と意欲を信じ、その可能性に賭けました。

 住民住宅を訪ね歩く営業活動は、バスを利用する側の声を聴く機会になったんですね。これをヒントに、通院や買い物など利用目的に合わせた路線案内図の作成や、定期利用者を対象にした土日・祝日乗り放題のサービス、路線バスの往復乗車券とその近郊の名所や観光スポットの利用券をセットにした「日帰り路線バスパック」など、社員たちの発案によって多様なニーズをくんだ企画が次々に実現。利用者は徐々に増加し、11年、減収の一途を辿る業界で全国唯一の増収を果たしました。奇跡ともいわれる成果によって、社員たちの考え方や姿勢は大きく変わり、当社は生まれ変わりました。

★野村さんが社員を信じる経営を全うし、自発的なチャレンジを後押ししたことが、実を結んだのですね。

☆野村 当社は、リスクが低い小さな挑戦を確実に積み重ねながら、潜在的なニーズを掘り起こし、事業を広げてきました。日帰り路線バスパックは、固定費と捉えて運行している路線バスならではの企画で、コストを掛けずに観光目的の顧客を開拓できます。

 観光客にとっても、同じルートを何便も走る路線バスに都合次第で乗り降りでき、既存のバスツアーにはない便利さが魅力です。今では、年間延べ5000人もの皆さまにご利用いただいています。そのうち、海外のお客さまも含め地元以外のお客さまが6割を占めます。

 この好評を受け昨年、管内のバス会社7社とタクシー会社9社で構成する「十勝圏二次交通活性化推進協議会」を発足し、連携による新たな観光67コースも開設しました。

★地方路線バス事業の活路を示した十勝バスの再建は、地域振興の呼び水になっているのですね。

野村 文吾さん

☆野村 全国各地から当社の視察に訪れる路線バス事業者も増えています。国土交通省のヒアリングでは、社業を通し実感する地方の実情を伝え、地域の安全や安心を支える公共交通サービスの向上を意図した補助金の創設に至りました。

 現在は産官学の連携で、世界初のアプリケーションシステムも開発しています。行きたい場所さえ分かれば、誰でも世界のどこからでも、最適なバス移動の情報を得ることができる多言語システムで、当社が蓄積してきたノウハウが世界に向け発信される日も間近です。

 十勝バスの再生は、〝地方の力〟に手応えを感じる経験でした。目下の志は「地方から日本を良くする」こと。思いを一つに奮起する多くの企業や個人などと、業界問わず地域を越えさらなる連携を推し進めます。

 常識にとらわれない発想と行動力で、地方から日本を豊かにする新たな価値を創造していきたいですね。

取材を終えて

人の誇りを尊重し信頼

 「信じる」ことが、ご自身の軸という野村さん。人それぞれが持つ誇りや価値観を尊重し徹底的に信じる姿勢で、経営者として、地域のリーダーとしての役目を果たしていきたいと話します。謙虚で熱い野村さんの言葉が力強く響くインタビューでした。


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