真砂徳子の起ーパーソン 風をおこす人々 第65回 プロスキーヤー/冒険家 三浦 雄一郎(みうら ゆういちろう)さん

2015年06月19日 09時57分

 2013年、80歳で世界最高峰のエベレスト(標高8848m)登頂を果たした三浦さん。70歳(03年)、75歳(08年)に続く3度目の登頂は、ギネスブックの世界最高齢記録に認定され、大きな話題となりました。83歳を迎えた今もなお、前人未到のチャレンジに意欲を燃やす三浦さんにお話を伺いました。

★80歳のエベレスト登頂は、多くの人を驚嘆させるチャレンジでした。

三浦 雄一郎さん

☆三浦 いわば、〝人類初〟の試みです。大げさな表現かもしれませんが、人類の限界を超える挑戦をしてみたいと思いました。

 80歳に焦点を定め、76歳でトレーニングを開始したものの、その間持病の不整脈が発症し、心臓を4度手術しています。スキーのジャンプ中に左大腿骨と右骨盤など5カ所を折り、救急車で運ばれた事もありました。

 70歳を過ぎて大腿骨を折った10人に3人は寝たきりになるといわれますし、家族もさすがに今回のエベレスト登頂は諦めるだろうと考えたようです。ところが、私には「どうしてもエベレストに登る」という目標がありましたから、諦めるよりも、「どうしても治したい」という気持ちが強かったのですね。

 サケの頭を主食に骨を強化する食事にも心掛け、2カ月もすると骨が付き始めました。半年足らずで歩けるまでになったんですよ。挑戦への意欲が、回復を早めてくれました。

 今回の登頂には、通常1日かける行程に2日かけています。午前中は歩き、昼食後は、読書や日なたぼっこに興じてみたり、壮観なヒマラヤの山々に見入り、時には小川のせせらぎに耳を傾け、ゆったりと時間を過ごしました。

 80歳なりの登り方が功を奏し、70歳、75歳でエベレストに登った時よりも体調、体力ともに充実。遠征隊メンバーのコンディションも好調でした。サミットプッシュ後も思いのほか好天に恵まれ、13年5月23日午前9時(日本時間午後0時25分)、生涯3度目になるエベレスト登頂を果たせました。眼下に広がる神々しい世界は、地球のてっぺんに登った者だけの特権です。相当疲れましたけれど、最高の気持ちでした。

★三浦さんを、冒険に駆り立てるものとは。

三浦 雄一郎さん

☆三浦 父(三浦敬三氏)は、日本の山岳スキー界の開拓者でした。幼少時病弱だった私を心配した父は、よく海や山へ連れ出してくれたものです。おかげで私はマイペースでスキーを楽しむすべを自然と身に付けていきました。

 大学時代はアマチュアスキーの選手でした。努力はしたけれど、日本一にもなれず、オリンピックに出場するほどの実力もない。ならば、世界一になろうと思い立ち、プロスキーヤーの道に進んだのです。世界のトップスキーヤーに体力は劣っていましたが、人のやらない分野で、私の長所を生かし切る挑戦ならば、世界一はあり得ると思いました。

 1964年に、日本人で初めてイタリアのキロメーターランセ(急勾配の斜面を滑降し時速を競うスピードスキー)に参加し、世界新記録(当時)を樹立。66年に富士山を直滑降で滑り、70年にはエベレストの8000m地点(世界最高地点)から滑降して、ギネスブックに掲載されました。

 その後も自分の可能性に対する好奇心は尽きず、85年に世界7大陸最高峰のスキー滑降を完全制覇。このあたりでやり尽くした感もあり、体力の衰えを感じ始めた60歳を境に、いったん引退を決意しました。

 そうと決めたら早起きもおっくう。運動といえば、のんびりスキーを楽しむ程度。当時は札幌に住んでいましたから、おいしいものは食べ飲み放題でね。気付けば見事なメタボ体型。医師には高脂血症で、あと何年ももたないとまで宣告されたのですよ。

 一方その頃、父は、白寿(99歳)でモンブランを滑るためにトレーニングを重ねていました。次男(三浦豪太氏)は、モーグルでリレハンメルオリンピックの出場権を獲得。それに引き換え私は、いったい何をしているのかと情けなくなりましてね。

 一念発起し、再び命を燃やすために、70歳でのエベレスト登頂を掲げ、トレーニングを再始動。藻岩山登山でも途中で伸びて引き返すほどでしたけれど、こんな私がエベレストに登れたら、これほど痛快なことはないと、かえってやる気が湧いてきました。

 東京の事務所から東京駅まで9kmの道のりを、両足首には5kmずつの重り、背中には20kmのザックを背負って歩くこともしばしば。これで富士山に2度登ったくらいのトレーニングになるのですよ。念願かない、70歳でエベレスト登頂に成功。当時の世界最高齢記録でした。目標を失い、もんもんとした日々から一転、人生がまた生き生きと輝き始めました。

★挑戦を諦めない三浦さんの姿勢に、あらためて感動します。

三浦 雄一郎さん

☆三浦 雪崩に巻き込まれたり、クレバスに落ちたり、九死に一生の思いは、幾度となく経験しています。実際、冒険家仲間も随分亡くなっていますし、私も常に次こそは命無いものと覚悟もしながら冒険に挑み、かろうじて生き延びています。

 神様が命を助けてくれる回数は決まっているのじゃないかと思っていますが、私は多めに助けてもらっている気さえします。いただいた命だからこそ、命を賭けて冒険に臨むのです。絶対に諦めません。

 次の目標は、85歳(18年)で、中国のチョ・オユー(標高8201m)に登り、スキーで滑降する事です。登っている時は死にそうに苦しいけれど、ワクワクしています。自分の可能性は、まだ10分の1も出していないですよ。命ある限り挑戦を続けたい。まだまだできると確信しています。

取材を終えて

命に向き合う姿勢知る

 お父様が99歳でモンブランの滑降を成し遂げた日の夜、「今生の別れのつもりでやった」と告げられ、この歳にして命がけのチャレンジをしていた事に、深く感動したという三浦さん。お父様は、人生の最高の師だとおっしゃいます。命知らずと言われるほどの冒険に挑み続ける三浦さんの、命に対して真摯(しんし)に向き合う姿勢を知るインタビューでした。


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