東日本大震災復興への歩み ①被災地支える建設業

2016年03月04日 10時36分

 2011年3月11日午後2時46分に発生した東日本大震災。間もなく5年が経過する。家族や親類、同僚、友人をはじめ、住宅や職場を失った被災者の喪失感と絶望感は想像を絶する。しかし、悲観に暮れるばかりでなく、前向きに力強く生きようとする人々の姿もある。

 「あれだけの数の従業員がよく集まってくれたと思う。中には家族の安否が不明な従業員もいたが、応急復旧に全力を尽くしてくれた」。深松組(本社・仙台)の深松努社長が当時を振り返る。

 がれきの山と化した市街地で、支援物資や人員を乗せた緊急車両が通る道路を、従業員を引き連れて切り開いた。余震が度重なり、いつまた大きな津波に襲われるかもしれない恐怖と戦った。

 同社が加盟する東北建設業協会連合会は、東北地方整備局と結んだ災害協定で、震度5弱以上が発生した場合、担当区間を2時間以内に回り、被災状況を点検して報告する取り決めがある。

 当日午後6時には、作業員を現場に向かわせた。深松社長は「泥まみれの遺体が地中から出るたび、従業員はかわいそうだと泣きながらがれきを撤去した。夢に出てきて眠れないと訴える者もいた」と明かす。想像を絶する現場で全員がろくに食事を取らず、十分に体を休める暇もなく昼夜を通して作業に当たった。

 発生から10日後、北海道建設業協会が救援物資を岩手県に届けた。灯油や軽油を積載したタンクローリーと、トイレットペーパーや粉ミルクを載せたトラックで被災地を回り、住民の苦労をねぎらった。

 救援隊長を務めた空知建設業協会の砂子邦弘副会長(当時)は「岩手の企業には知り合いも多く、北海道で働いている協力会社の中には岩手の人もいる。かつてない災害で微々たる援助だが、少しでも被災地の役に立てれば」と話した。

道建協が岩手県に支援物資を輸送した

 長引く停電をはじめ、ガソリンや暖房の燃料、食料不足に悩まされる中、1カ月後には「くしの歯作戦」で道路42区間を開通させ、その功績は新聞やテレビで大々的に報じられた。

 当時、BCP(事業継続計画)はさほど普及していなかったため、建設業者の機動力に驚く。東北建設業青年会の舩山克也会長は「『震度5弱以上で会社に集合する』『施主を巡回する』『災害協定で駆け付ける』の3つがあれば十分。これらをこなす日常の訓練が有効だ」と道内建設業者に助言した。

 「自分の古里は自分で守る」(深松社長)。気概を持って臨んだ復興工事だったが、その道のりは苦難の連続の始まりでもあった。

(2016年3月4日掲載)


関連キーワード: 東日本大震災復興への歩み

ヘッドライン

ヘッドライン一覧 全て読むRSS

e-kensinプラス入会のご案内
  • 古垣建設
  • 東宏
  • 日本仮設

お知らせ

閲覧数ランキング(直近1ヶ月)

藻岩高敷地に新設校 27年春開校へ
2022年02月21日 (2,971)
おとなの養生訓 第245回 「乳糖不耐症」 原因を...
2023年01月11日 (1,355)
おとなの養生訓 第43回「食事と入浴」 「風呂」が...
2014年04月11日 (1,308)
函館―青森間、車で2時間半 津軽海峡トンネル構想
2021年01月13日 (1,252)
アルファコート、北見駅前にホテル新築 「JRイン」...
2024年04月16日 (879)

連載・特集

英語ページスタート

construct-hokkaido

連載 おとなの養生訓

おとなの養生訓
第258回「体温上昇と発熱」。病気による発熱と熱中症のうつ熱の見分けは困難。医師の判断を仰ぎましょう。

連載 本間純子
いつもの暮らし便

本間純子 いつもの暮らし便
第34回「1日2470個のご飯粒」。食品ロスについて考えてみましょう。

連載 行政書士
池田玲菜の見た世界

行政書士池田玲菜の見た世界
第32回「読解力と認知特性」。特性に合った方法で伝えれば、コミュニケーション環境が飛躍的に向上するかもしれません。