夜の冷え込みが続くと恋しくなるのが鍋料理です。お家で、あるいはお店で、温かい鍋を囲んで、一杯やりながら山海の幸をつつくというのは、のん兵衛には至福の時ともいえます。
私たちが慣れ親しんでいる鍋料理の原形が成立したのは、江戸時代中期といわれています。そして、鍋料理が家庭で広く食べられるようになったのは、明治時代に入ってからだそうです。
もちろん、日本の農家、漁家には囲炉裏があって、そこに鍋を掛けて、家族で食事をするのは、大昔からあったのですが、膳の上に鍋を載せて、箸や匙で直接取り分けて食べる形が確立したのが明治時代なのです。意外と新しい料理だったのですね。
温かい鍋を目の前にして食べるというのは、料理自体の暖かさだけでなく、鍋を熱する熱源の効果が大きく、とても温まります。いわば、食事兼暖房、という訳です。冬にはピッタリですね。
また、肉、魚、野菜、山菜など、色々な食材を同時に食べることができますので、栄養のバランスも良い料理であると言えます。肉や魚のタンパク質は体を温める効果がありますから、料理の温かさに加えて、体が芯から温まるという寸法です。やや足りないと思われる栄養素はビタミンCなので、フルーツのデザートがあれば文句なしです。
かつて、鍋の中に徳利を置いて、ついでにお燗をつけるというのをやっていました。鍋料理にお燗で、さらに温まろうという算段です。でも、うっかりすると熱燗になっていまい、うまさがなくなってしまうためなのか、すっかりすたれてしまいましたね。最近は、鍋のお供はビールが定番の様で。鍋で熱くなったのどをビールで冷やすというのでしょうか。温めたり、冷やしたり、現代人は贅沢なものです。
鍋といえば、鍋奉行と呼ばれる人たちを思い出します。鍋の作り方、材料の入れ方などにあれこれ口を出すので、敬遠されがちな人たちです。でも、一部の鍋奉行の指示に従うと、鍋がおいしくなるのは確かなので、優しい口調の鍋奉行なら、従うのも得策です。しかし、最近は宴席でも一人一人に小鍋を出す形式が多くなってきました。そのうち鍋奉行は絶滅危惧種になるかもしれません。それはそれで、ちょっと寂しい気もします。
(札医大医学部教授・當瀬規嗣)