味覚と嗅覚は切っても切れない関係にあります。食べ物のにおいをかぐと、途端にお腹がすいてきたり、単ににおいだけを感じて食べ物を想像してよだれが出そうになったりします。ただ、それだけではなく、食べ物を口の中に入れたときに、口の中から鼻の後へ立ち上るにおいがあり、これが味覚に大きな影響を及ぼします。
そこでこのにおいを「風味」と呼び、味覚を形作る重要な要素になっているのです。ですから、人は嫌いな食べ物をどうしても食べなければならない時に、鼻をつまんでほおばったりするのです。鼻をつまむと、鼻の中の空気が動かないので、風味を感じないで済むからです。
逆に言うと、カゼなどで鼻づまりになっているときには、食べ物はあまりおいしさを感じないはずです。食べ物のおいしさを感じるときの風味は、本当は味覚以上に重要なのかも知れません。
食べ物以上ににおいが大事なのは、お酒でしょう。ワインや日本酒のにおい、いや香りというべきでしょう。その香りには、材料であるブドウやお米の香りだけでなく、アルコール自体の香りが含まれます。
香りを生じるにおい物質は、そもそも空気中に揮発する性質があるものなのですが、アルコールはお酒の色々な成分を引き出して揮発させる作用があるので、アルコールが香りを引き出し、引き立てているといえるでしょう。
なので、全く無味無臭の甲類焼酎に果実などの香りを加えると、俄然うまくなるのですね。カクテルも香りのいい果実や果実リキュールが必ず入りますね。でも、香りがお酒のうまさを左右する最右翼は、シングルモルトではないでしょうか。
シングルモルトを試すとき、まずはトップと呼ばれる酒から立ち上る香りをかぎ分けます。実に複雑で、様々な香りが代わる代わる感じ取れます。それをどう表現するか、なにかその人の人生経験を試されているような瞬間です。
口に含めば、味とともに風味(フレーバー)が鼻の後へ漂ってきます。これがトップと全く違うのが不思議なのです。そして、のどを通すと、さらに別の風味がのどから鼻に駆け上がります。フィニッシュと呼んだりします。一口でこんなに様々な香りを楽しむことができるのです。静かにお酒の香りを楽しむのは、おとなの飲み方。人生がにじみ出るようです。
(札医大医学部教授・當瀬規嗣)