お酒の主成分はもちろんエチルアルコールです。エチルアルコールは、酵母という微生物が行うアルコール発酵という現象により作り出されます。しかし、何もないところからアルコールを作り出すわけではなく、アルコールのもとになる材料が必要です。
その材料とは、ブドウ糖を代表とする糖分(単糖類)です。なので、単糖類をたくさん含んでいる果物は、アルコール発酵が起こりやすく、それによって出来たアルコールによってブドウ酒を代表とする果実酒ができあがります。
では、日本酒、ビール、ウィスキーなどはどうでしょうか。これらのお酒の原料はお米や麦などの穀類です。ご存じのように穀類はほとんど甘くありません。単糖類がないからです。その代わりに、単糖であるブドウ糖の分子を無数につなげて作られるデンプンやグリコーゲンなどの、多糖類がたくさん含まれています。しかし、酵母は多糖類から直接、アルコール発酵することは出来ません。
そこで、何らかの方法で多糖類を分解してブドウ糖にしてしまえば、アルコール発酵が進みます。お米の場合は、コウジカビを使って多糖類を分解します。そうしてできたもろみはブドウ糖が豊富でとても甘くなり、アルコール発酵が進むと日本酒になるわけです。
一方、小麦の場合は別な方法をとります。小麦を発芽させると、その際に生じる酵素の作用で多糖類が分解されます。この麦芽から絞り出した麦汁にはブドウ糖が大量にあるので、これをつかってアルコール発酵を行い、ビールやウィスキーを作ります。
穀類を使ってお酒を造るためには、多糖類を分解するための高度な技術が必要なのですが、世界中で、穀類を使ったお酒がたくさん造られています。穀類は主食として各地で栽培されていて、原料が豊富に手に入るためですが、おそらく、そこから苦心惨憺(さんたん)、あるいはいくつかの偶然が重なって、人々はお酒を手に入れたのでしょう。
お酒を飲みたいと思う強い欲求、飽くなき探求心、偶然をつかまえる注意力や発想力、さらにお酒を完成させるという執念、そういった先人の思いのすべてが、お酒には詰まっています。どうせ飲むなら、お酒の中の先人の英知を、少しずつ溶かしだして、じっくり味わうのはわるくありません。「一気、一気」はやっぱり先人に失礼ですね。
(札医大医学部教授・當瀬規嗣)