昔から、清酒はお燗を付けて飲むのが普通でした。古典落語には「冷や酒は体の毒」というフレーズが出てきて、ほとんどの場面で燗をつけてお酒を楽しんでいる様子が描かれています。確かに冷や酒は体に悪いようで、酔いが急に回りやすく、さらに量が過ぎると翌朝に残りやすい様です。お燗ではそういう目に合うことが少ないという訳です。
冷や酒というのは、今はやりの冷蔵庫に保存してのむ冷酒(れいしゅ)のことではなく、単に室温においた清酒のことです。これをお湯で温めて燗をつけるのですが、昔から「上燗」といって45度から50度ぐらいにするのがよいとされています。もっと熱くすると熱燗という訳ですが、お酒がおいしくなくなると、敬遠されます。冷や酒はからだに悪く、熱燗はおいしくないから、上燗にするのです。実は、これには科学的な裏付けがあるのです。
清酒を代表とする日本酒には、主成分であるエチルアルコールのほかに、アセトアルデヒドといった、揮発性の成分が僅かながら含まれています。これらの成分が日本酒の香りや味わいに一役買っていることは間違いないのですが、これらが、体の中に入ると、色々悪さをすることが分かっています。
とくにアセトアルデヒドは、体内でエチルアルコールが分解される際に生じますが、日本酒には製造過程から含まれていることが証明されています。アセトアルデヒドは量が増えると、血管を開いて顔を赤くして、頭痛やむかつきの原因になります。また、二日酔いの原因でもあります。アセトアルデヒドの沸点は20度ぐらいです。
一方、エチルアルコールの沸点は78度ぐらいです。つまり、上燗にすると、体に悪いアセトアルデヒドは蒸発して飛んでしまうのですが、主成分であるエチルアルコールは残るので、軽い味わいになり、体に負担がかからないという訳なのです。
熱燗では肝心のエチルアルコールが、少しずつですが抜けてしまうので、味わいがなくなるという訳です。「ぬるくもなく、熱くもなく、いい頃合いの上燗…」というフレーズが「上燗屋」という上方落語の演目に出てきます。本当に、いい頃合いなんですね。
流行りの冷酒もいいですが、上燗でゆっくりというのがおとなの養生訓です。
(札医大医学部教授・當瀬規嗣)