よく、「お肉は腐る寸前がおいしい」といいます。まさか、わざと腐らせる人はいないと思いますが、お肉は新鮮なものより、冷蔵庫などで少し寝かせたものの方がうま味を増すのは事実です。
似たようなことは、イカでも言われます。漁師さんから直接分けてもらう、生きているイカは、確かに新鮮でおいしいのですが、あっさりとしていて、硬くて味わいに欠けます。水揚げのあと、少し時間を置いたイカは、身が透明から白色に変わっていきますが、そうなると、柔らかく甘味が強くなって、とてもおいしいのです。
このように、肉や魚は取れたてから少し時間を置いて熟成させると、おいしさが増すのです。これは肉や魚の主成分であるタンパク質の性質のためなのです。実はタンパク質には味がありません。ためしに、健康食品として売っている「プロテイン」という粉を口に含んでください。実は、プロテインはタンパク質の意味の英語で、プロテインは純粋なタンパク質の粉であり、全く味がしません。
舌の粘膜には味蕾(みらい)と呼ばれる器官があり、これが食べ物の味を感じ取って脳に伝えているのですが、味蕾はタンパク質に全く反応しないからなのです。
ところで、タンパク質は20種類ほどあるアミノ酸という分子が無数に組み合わさって、鎖状につながって作られています。もし、タンパク質が分解されて、アミノ酸が生じると、途端に味蕾が反応して、うま味や甘味、酸味を感じ取って脳に伝えることになっています。そう、うまさの正体はアミノ酸だったのです。
肉や魚の身の中に含まれるタンパク分解酵素は、熟成をさせている間にはたらいて、タンパク質を分解しアミノ酸を生じさせるのです。とれたて新鮮なお肉や魚は、まだタンパク分解酵素がはたらいていないので、タンパク質が圧倒的に多く、アミノ酸はまだわずかですので、ほとんど味がしません。
一方、熟成を経た肉や魚には、タンパク分解酵素のはたらきでタンパク質が分解し始めて、アミノ酸が増えているので、うま味が増してくるという訳なのです。肉で作るハム、ソーセージや、魚で作る干物なども熟成と同じ効果があり、アミノ酸が増えることになるのです。
新鮮がもてはやされる世の中ですが、何でも、新鮮がうまいとは限らない。心しておくべき事実ですね。
(札医大医学部教授・當瀬規嗣)