色丹島に、カネと人が流れ込んでいる。
「水産品製造、月給3万ルーブル(約5万1000円)、住まいと3食付き。6カ月間の期間労働」―6月上旬、ロシア中部の求人情報サイトに、約4500㎞離れた色丹島の求人が載っていた。
募集元は、色丹の穴澗(あなま)地区で7月中に開業予定の巨大水産加工場だ。択捉島を拠点とする大手水産業「ギドロストロイ」の施設だ。同社は建設部門を持ち、島外から労働者を集めて工事も手掛ける。現地報道によれば投資額は周辺インフラを含め計5500万ユーロ(約68億円)に上る。
ビザなし訪問団は5月26日、この工場を視察した。敷地は建物部分だけで約7500m²。ドイツやアイスランドの生産設備を導入し、2カ年の工期を経てことし4月に完工した。全てが新しく、ここが舗装道路のない島であることを忘れそうになる。
工場では主にスケトウダラ、イワシなどのすり身を製造。24時間フル稼働すれば1日900tの生産量になるとの説明があった。新規雇用は約200人。ロシア国内だけでなくアルメニアなどからも人が来る予定だ。
開発はこれだけではない。斜古丹地区では、新たな水産加工場の基礎工事が始まっていた。サハリン州政府幹部の説明では、2地区の工場建設は国家計画「クリル諸島(北方領土のロシアでの呼称)社会経済発展プログラム」の一環という。
斜古丹の事業主体は地元色丹を本拠とする「オストロブノイ」で、やはり建設部門を持つ。2023年までに加工場4棟を建て、700人を雇用。まず20年中に2棟を稼働させる計画だ。
斜古丹地区は17年夏、ロシア政府に経済特区として認定され、水産加工業が優遇税制を受けられるようになった。ことし4月には優遇の対象が観光、建設、船舶修理にも拡大された。このほか島内では初の滑走路敷設計画も進行中。発展プランがめじろ押しだ。
設備だけでなく、優秀な高度人材を呼び寄せる仕組みも機能しているようだ。
2年前、島に初めてできた住民向け体育アリーナ。開業直後からインストラクターを務めるイワン・セミョーノフ副館長(32)は、ロシア中部の出身だ。モスクワでの大学時代には、陸上競技の全国大会で何度も入賞した。地元に戻りスポーツ施設の指導役として働いていたが、待遇の良さに引かれて移住したと話す。
「モスクワ以上とは言わないが、色丹は地方の中核都市より高給。私のような専門職は州から住宅費の補助も出る。人だらけの都市が嫌いなので、島での生活は気に入っている」
移住者、特に若い世代にとって重要なのが、子育て環境だ。島では、保育園や学校(ロシアでは小中高一貫校が一般的)の整備も急ピッチで進む。訪問団は保育園2校と学校1校を視察した。最新の保育園は昨春設立で、島内初の温水プールを備える。学校にはパソコン教室があり、今後プログラム教育を始めるという。校舎の横には、競技場を新設するための建設重機が運び込まれていた。
島には大学がなく、学校卒業後は多くが一度島を離れる。教師は「戻ってくるのは3割程度」と話すが、開発投資に伴って働き口が増えることで、流出傾向が緩和される可能性もある。
少なくとも工場の稼働や建設で、労働者は流入する。必ずしも定住者でなく季節変動があるとしても、今後数年にわたって人が増え、島が活気づくのは疑いようがない。
島外の日本人は、この現実にどう向き合うべきだろうか。