交通弱者を救え!厚沢部町ISOU PROJECTの挑戦

2019年09月23日 16時00分

過疎地域は日常の足確保へ

 人口減少が進む本道。特に顕著な過疎地域では採算が合わないため公共交通の撤退が相次ぎ、日常の足確保が喫緊の課題となっている。この交通弱者対策の解消を図ろうと、道南の厚沢部町で8月、道内外のIT企業などによる電気自動車(EV)を使った実証実験「ISOU PROJECT」が開かれた。2020年度の本格導入を目指す中、同実験から自治体が抱える課題と解決への糸口を探った。(経済産業部 富樫 茜記者)

■欠かせない移動手段

 函館から車で約80分の場所にある厚沢部町は1960年の1万651人をピークに人口減少が続く。高齢化率は41%。町民は自力で車が運転できるうちは函館市内の病院へ通ったり、近隣の江差町の商業施設へ買い物に出掛けたりする。

 しかし、車を自力で運転できなくなり、子どもなどと離れて暮らしている場合、公共交通に頼らざるを得ない。

 町内には路線バスが3系統あるが、本数が限られている。近場で日常の用事を済ませたいが、バス停まで歩くのを負担に感じる高齢者も少なくない。

 そこで町は「世界一すてきな過疎のまち」を掲げ、町民にまちの魅力を感じてもらうための各種住民サービス充実に努めている。

 小中学校のスクールバスのほか、有料で国民健康保険病院への移送サービスと町内での買い物を介助する外出支援サービスを提供。これらの運営に年間5000万円程度を充てている。

■最新技術で弱者対策

 今回のプロジェクトを企画したIT企業、INDETAIL(本社・札幌)の坪井大輔代表取締役CEOは、視察や聞き取り調査を通じ、高齢者の多さや市街地と住居が遠いことを感じたという。「移動手段を提供しないと、地域活性化はできない」との発想がプロジェクトの原点だ。

 「最新テクノロジーを駆使して持続可能な社会をつくり、交通弱者を救うと同時に、環境への配慮や地域活性化を実現したい」。坪井氏の呼び掛けに賛同した企業が参画し、10社で構成する推進協議会が2月に発足した。

 定時運行のバスとは異なり、住民が外出したいときにスマートフォンや固定電話などを使って車を呼び出す仕組みを考えた。

 EVはガソリン車と比べ環境に優しく、電源に地域の再生可能エネルギーを使えば、エネルギーの地産地消につながる。

 乗車に使うのは「乗るだけ」に用途を限定した地域通貨。消費をしなくとも、地元の商店や病院、役場といった対象施設に足を運び通貨を獲得できれば、都市部ではなく町の中心部に人が集まると想定した。地域通貨は、システム障害に強いブロックチェーン技術で管理する。

 送迎の対象範囲は地域内に限り、乗車は実質無料。位置情報を基に到着予想時刻を伝え、予約するかどうかの判断を利用者にゆだねる。まずは外出のきっかけを生み、その上で消費を喚起し、地域経済の活性化につながればともくろんだ。

 8月19―30日、厚沢部地区の住民約2300人を対象に実証実験をした。

 今回は国保病院や役場、JA新はこだてAコープ厚沢部、近隣の江差町の一部の施設への行き来などが送迎対象。日産の商用EVを2台導入し、道の駅あっさぶのEVスタンドで充電した。運転は町内の自動車教習所の講師が担当。通貨を獲得できる専用端末は、役場と郵便局、病院に設置した。専用カードをかざすか、スマホのアプリにあるQRコードを読み取ると通貨がたまる。

 実験は需要の把握と本格展開に向けた課題の抽出が目的だ。

新ビジネス創出の可能性

■電子地図の精度課題に

 現地を視察した東川町の福祉職員は「町民がまちと離れている場所に住んでいる場合、車が運転できないと厳しい。タクシーチケットを出しても、すぐに上限を超えてしまう」と話す。

 実証実験では、町民200人近くを送迎。300mの短距離から、10㌔の長距離を使った人、中には90代の高齢者もいた。便利だと好評だった一方で改善点が見つかった。

 課題は過疎地域での電子地図の精度。指定された場所に電気自動車(EV)が到着できないことがあった。利用者の位置情報を正確に把握した上で、配車の効率化が求められる。

 町民からは電話のボタンを押して入力する手間が面倒だとし、予約操作の簡略化に関する要望が出た。

 2020年度に本格導入を目指す厚沢部町は、まずスクールバスや移送サービスの一部で活用することに前向きだ。松橋道雄副町長は「町民の足を確保する必要がある。プロジェクトには期待している」と話す。

 町が運営主体となる想定。民間企業主導ではなく、地域住民と自治体が自走・自立できる「全員参加型プロジェクト」のサービスが特徴だ。

■運営費用は5000万円目標

 導入した場合の運用コストは今回の実証実験を踏まえて試算する。町がスクールバスや移送サービスの代替手段として活用することを考えた場合、現在の運営費5000万円と同程度か、これ以下に抑えることを視野に入れる。

 導入に適しているのは、民間のタクシー事業者が撤退しているなど、移送を担える人が少ない地域。バス路線でカバーできないところを巡るため、バス事業者とは競合しないとしている。
 また、動線などの取得データを個人が特定できない範囲で民間企業などに提供することで、新ビジネスの創出や住民サービスの拡充につながるとみている。地域外の再生可能エネルギーを取り入れたり、一部の施設に限って複数の町にまたがって送迎の対象とするといった方法があり得る。自動運転技術の発展によるドライバーの無人化も期待できる。

 各地域の課題や実態に応じたプランを提供したい考えのINDETAILの坪井大輔代表取締役CEOは、実用化された場合、建設業はEVスタンドや太陽光パネルの設置といったことで参画できる可能性を指摘。「住宅や施設を建てるだけでは今後需要が限られる。地域の建設業として、地元の課題にどう貢献できるか考えては」と提案する。

 プロジェクトは限られた地域内での送迎を原則とするが、例えば症状に見合った医療を受けられる病院が近くにない場合、近隣自治体と協力して地域外を対象とするサービスが考えられる。

 自治体にとって〝外出したいときに外出できる〟のは、地域住民の生活満足度と同時にまちの魅力の向上になり得る。買い物などで消費をすれば地域経済の活性化にもつながる。

 一方、逼迫(ひっぱく)する財政状況の問題から、採算面は無視できない。今後導入する自治体が増えるかどうかは、運用コスト次第だ。

 自治体頼みの公共交通維持・提供はもはや限界にきている。住民の日常の足を安定して確保するにはさまざまな業種の民間企業が参画し、そのノウハウを生かした仕組みづくりが欠かせない。

 行政や企業が互いに知恵と技術を結集することで、過疎地域の交通弱者を救う道が見えてくる。


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