あらゆる手段で現金確保を
新型コロナウイルスが社会問題化して約3カ月、札幌商工会議所では経営相談に訪れる事業者が引きも切らない。中小企業は今の苦境にどう対処すべきなのか。同会議所の中小企業相談所で相談員を務める知野福一郎税理士(85)は「今はあらゆる手段を使って現金を確保すべきだ」と主張する。一方、行政など支援側に対しては「企業の資金難も第2波が来るのは確実で、新たな対処策が必要」と警鐘を鳴らす。
―本道中小企業との付き合いは長い。
1972年に札幌で会計事務所を立ち上げて以来で、事務所の顧客は現在約900社に及ぶ。札商では週に2日程度、中小企業の資金繰り相談などを担当させてもらって40年以上たつ。その間に拓銀破綻、リーマンショックなど多くの危機があったが、今回ほど大規模な給付や無利子の資金支援が打ち出される事態は記憶がない。
―コロナ禍で企業にどんな助言をしているか。
「借りられるだけ借りて、できるだけ多く現金を確保しなさい」と明確にお伝えしている。先の読めない不況に入り、今はまさにキャッシュ・イズ・キングの状況にある。足元の固定費を払うにも、感染拡大が収まって積極営業するにも手元にお金がなければ何もできない。また、今後事業や不動産が売りに出されることが予想され、買うチャンスを逃さないようにする発想も重要だ。
―中小は手元にどれぐらい現金を持つべきか。
業種にもよるが、一般的には月商の2カ月分ぐらいのキャッシュを持っておけば少々の非常事態には対応できる。だが、最近相談に来られる事業者に聞くと、1カ月、あるいはそれ未満の水準で回している事業者がかなり多い。飲食やサービス、小売りなど日銭が入るビジネスは特に現金確保を軽視しがちで、今回はこの弱みが露骨に出ている。
―傷を広げないうちにと、廃業を選ぶ事業者も出てきている。
業種によっては続けない方がいいケースもある。例えば先日、民泊運営の方が来られたときは、もうおやめになった方がいいと申し上げた。客の大半を占めていたという海外からの観光客が以前の水準に戻る見込みはなく、小規模な宿泊業は極めて厳しい。悔しくても決断が必要だ。
―相談を受ける中、企業側の知識不足や準備不足は感じるか。
社長が経理を担当者任せにしていて、例えば借り入れ状況を把握していないことがある。中には月次売上高が分かっていなくて、前年同月比で売上高が半減したことが条件となる「持続化給付金」を申し込もうとしたが対象でなかったということもあった。商売をする以上、帳簿をしっかりつけるのは当然だが、今回あらためて意識を強くした事業者も多いのでは。
―コロナ対策で多様な支援制度が出てきた。普段の経理業務ができていれば申請はスムーズか。
残念ながら全てそうとは言えない。特に、従業員への休業手当などを補助する「雇用調整助成金」は書類準備が煩雑で、社会保険労務士でもやりたがらないぐらいだ。政府も批判の声を受けて、つい先日、書類の一部簡略化を発表した。
スピードが問われる現況では、家族経営の店のお父さんが1人でも申請できるようなシンプルな仕組みがほしい。もっと言えば、各省庁や自治体でそれぞれの対策が出てきて情報が錯綜(さくそう)しているため、ワンストップの対応窓口ができるのが理想だ。
―今のところ倒産ラッシュまでは起きていないようだ。支援策が機能しているのか。
想定しなければならないのは、時間の問題で、企業の資金難が第2波として押し寄せることだ。今は緊急支援で何とか小康状態に近づけようとしているが、早期の景気回復が見通せない中では、夏以降の目標売り上げ確保、借入金の円滑な返済というのは多くの企業にとって相当難しい。新たな策が必要となるだろう。支援側の行政、金融機関に対しては、中期的な視点に立った柔軟な対応を求めたい。
(聞き手・吉村 慎司)
知野福一郎(ちの・ふくいちろう)1935年2月新潟市生まれ。57年新潟大卒、第四銀行入行。72年6月に同行退職、同7月に札幌で知野福一郎税理士事務所(現知野・寺田会計事務所)を設立。税理士、中小企業診断士。
(北海道建設新聞2020年5月21日付2面より)