ウイルスは微生物ですが、動物や植物の細胞よりはるかに小さな存在です。ウイルスの遺伝子とそれを納めるタンパク分子の殻からなり、自らの力で飛んだり、移動したりすることはできません。ウイルスだけで存在すると、ただの物質としかみえず、「これが本当に生物なのか」と疑いたくなります。
ウイルスが生物らしい振る舞いをするのは、他の動植物の細胞に取り付いたときです。ウイルスは、細胞が持っているタンパク分子を利用して、細胞の中に入り込みます。そして、細胞の仕組みを利用して遺伝子を増やし、その遺伝子の情報に従って、ウイルスのタンパク分子を量産します。こうして増えた遺伝子とタンパク分子が合体してウイルスとなります。
細胞の中に大量に出来上がったウイルスは、細胞から飛び出して、周りの細胞に再び取り付き、どんどん増えていくことになるのです。この増殖の様子は、まさに生物らしいと感じます。しかし、ウイルスは細胞が頼りの生物だともいえるのです。
では、細胞から離れたウイルスはどういう運命になるのでしょうか。ウイルスは遺伝子とタンパク分子からできていますが、これらの物質は元々、非常に不安定で、0度以上の温度では、どんどん壊れていくものです。もちろん熱に弱く、さらに日光が当たっただけでも壊れ始めます。なので、細胞がない環境でのウイルスはどんどん死滅していく運命にあります。
とりわけ、今回の新型コロナウイルスは、特に弱く、空気中に放り出されるとみるみる壊れていくようです。従って、このウイルスが空気中を漂い、人に感染を起こすことはありません。
一方、せき、くしゃみ、発声によって飛び出した唾液や粘液の小さな粒、つまり飛沫(ひまつ)の中にはウイルスが含まれています。飛沫はウイルスにとって、生まれた細胞周辺の環境に似ているので、ある程度生存し続けることができます。飛沫が他の人に吸い込まれたり、手や顔に付着したりすると、最終的にウイルスが鼻腔や喉に到達して感染が起こります。しかし、飛沫が人に到達しないで、粘液が乾燥してしまうとウイルスは生き永らえられないと考えられます。
という訳で、新型コロナウイルスの感染経路は、ウイルスの居場所に適している飛沫による感染に限られるということです。新型コロナウイルス、意外と弱いのです。
(札医大医学部教授・當瀬規嗣)