活用歓迎の北見、つながるビジネス
「コロナウイルスが怖く、満員電車に乗りたくなかった」―。IT企業、アイエンターの東京本社に所属する松田拓也さん(28)は、自宅がある首都圏を離れ、北見市内のログハウスでノートパソコンと向き合っていた。滞在は7月から11月までの予定だ。
ここは元々、古い空き家。総務省のふるさとテレワーク推進事業をきっかけにつながった市からの紹介を受け、アイエンターが所有者から借りた。3カ年前からテレワーク拠点とした。これまで延べ100人以上の社員とその家族が訪れ、大都市と異なる非日常を楽しみながら業務に打ち込んでいる。移住に興味を持った社員もいるようだ。
足掛かりの開設はビジネスに直結した。松田さんと席を並べる同僚の平田洸介さん(28)は、平昌オリンピック男子カーリング日本代表選手。北見市内に常駐し、同社が北見工大と進めるカーリング競技研究システムの開発に携わる。「拠点ができたからこそ、当社がこの開発に参加できた」
地元も、域外の企業や事業者による空き家活用を歓迎する。市は2017年6月、年々増える中心商店街の空き店舗を使ってテレワーク拠点「サテライトオフィス北見」を開設した。施設利用者は19年度までに延べ7200人を超え、道外のテレワーカーらが繰り返し訪れている。
住まいをサブスク、全国「住み放題」
大都市圏住民の間では近年、地方移住への関心が高まっている。内閣官房が5月に公表した調査結果によると、東京圏在住者の約半数が地方暮らしに興味を持っていた。移住を計画している層の66%は、20―30代の若者だ。アンケートはコロナ禍が本格化する前の1月実施で、現在はさらに傾向が強まった可能性がある。
働く場所にこだわらない人々が増える中、「月額4万円から全国の家に住み放題」をうたうのがアドレス(本社・東京)のサービスだ。定額制で、道内7拠点を含む全国92拠点から滞在場所を自由に選べる。
昨春の発足以来フリーランサーなどから注目されてきたが、コロナ禍による緊急事態宣言を境に、首都圏の若い会社員を中心に急激に会員数を伸ばした。同社の桜井里子取締役は「脱東京、脱都会志向の人が増えたと実感する」と、地方拠点の需要の高まりを指摘する。
全拠点の6割は空き家を活用したものだ。主に、空き家活用を希望するオーナーが自費で改装し、同社が賃借して会員に貸し出す。本州では新たな空き家活用策として認知が拡大。複数の自治体や地方銀行と協力体制を築いたほか、ことしはANAとも業務提携した。
今のところ道内拠点は空き家ではなく、観光客が激減したホテルや民泊の空き室などを利用している。だが桜井氏は「私たちの本来の命題は空き家活用で、北海道でも進める」と強調する。物件情報などで事業協力する道内のパートナーを探しているところだ。
空き家はどの地域にもある。その上で、域外から人に来てもらうには何が必要なのか。桜井氏は、滞在先に求められるのは観光地的な要素より、地域住民との関係だと話す。同社で導入しているのは、地域住民が拠点の管理人を務めるシステムだ。周辺施設や人の紹介、イベントへの参加など、地域と利用者を結び付ける役割を担う。「利用者を見ていると、気が合う管理人や地域住民にまた会うために、その拠点のリピーターになっている」
地域コミュニティーや時代を先取る事業アイデアで新たな価値をつけたとき、空き家は街の資源に変わる。
(北海道建設新聞2020年10月26日付1面より)
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