旧狩勝線の鉄道遺構群

 かつて鉄道輸送を支えた土木施設の数々は現在、山中にひっそりと眠っている。本道の歴史を物語る産業遺産、旧狩勝線鉄道遺構群を紹介する。(帯広支社・星野 貴俊記者)

旧狩勝線の鉄道遺構群(上)大動脈として活躍

2021年01月01日 10時00分

狩勝隧道、工事難航極める

 旧狩勝線鉄道遺構群は、本道の歴史を物語る産業遺産だ。明治30年代、道庁が進めた官設鉄道十勝線建設で狩勝峠に人力による大築堤、石やれんがを用いた隧道(トンネル)が建造された。土木技術者の田辺朔郎が携わったことでも知られる。鉄道は1907(明治40)年に開通。旭川を起点に本道が東西で結ばれ、新得は交通の要衝として発展し、線路は66年に現在の石勝線に切り替わるまで使われた。かつて鉄道輸送を支えた土木施設の数々は現在、山中にひっそりと眠っている。

建設当時の姿をとどめる新内隧道。
下部の石積みには石切山の石などが使われた

 開拓期、石炭や農林水産物などの大量輸送のため鉄道網の整備が必要となり、1896(明治29)年に北海道鉄道敷設法が公布され、官設鉄道十勝線(旭川-帯広間)の工事が旭川から始まった。このうち旧狩勝線(落合-新得間)は1901(明治34)年に着手。標高644mの狩勝峠を通過するため新得側に多くの土木施設が計画された。

 狩勝隧道(延長954m、アーチ部、側壁部ともれんが造、後にコンクリートで増築)をはじめ、新内隧道(同124m、アーチ部がれんが造、側壁部は石積み)、馬蹄形の大カーブ(同770m)、新内沢の大築堤(同200m)、水路トンネルの溝橋、下新内川を渡る小笹川橋梁(れんが造)などで、いずれも人力作業を中心に造られた。

 狩勝峠の名称は、建設に携わった土木技術者の田辺朔郎が付けた。NPO法人旧狩勝線を楽しむ会副理事長の西村良雄さんは「設計の単位にはフィートとマイルが使われていた」と語る。主要な建設資材となったれんがは十勝監獄などで造られたものといわれ、石は佐幌岳中腹の石切山から採掘した花こう岩などが利用された。

 「新得町百二十年史」の編さんに携わり町の歴史にも詳しい新得町郷土研究会事務局長の秋山秀敏さんは「石切山の石はその質の良さから北海道神宮の大鳥居をはじめ旭橋、弊舞橋、小樽運河の石畳などで使われた」という。旧狩勝線の建設工事がきっかけとなり新得の石が全道各地に広まった。

 狩勝隧道は岩盤が固く少ない日は1日30cmしか掘り進めず、工事は難航を極めたが1905(明治38)年に完成し、07年に官設鉄道十勝線は開通。北海道の大動脈として旭川-釧路間の鉄道輸送を実現、本道の発展に大きな役割を果たした。

(北海道建設新聞2020年12月16日付1面より)


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