新規事業 立ち上げ前に
先日、とある団体の監事から、雑談レベルのご相談を頂戴いたしました。いわく「その団体で会員企業に対してソフトウエアを貸し出したい」「きちんとした規約を作成しないままに貸し出そうとしている」「会員数も少ないし、運用しながら改善していこうと考えている」とのことでした。
聞くと、その海外製ソフトウエアは購入すると数百万円、貸出価格も2週間で10万円を超えるとのことです。トラブルは身内にこそ生じます。トラブルが生じることを前提に、それを予防するためにも規約の作成が重要であることを説き、半ば強引に規約の作成を受任いたしました。
受任後に事務局から頂いた規約案には期間と料金の記載があるのみです。規約は、トラブルを予防する効果があるのはもちろんですが、作成の過程で事業の枠組みを考えることができるという利点もあります。貸出期間の2週間には送付にかかる日数を含むのか、送料は誰が負担するのか、支払い時期、支払い方法、延滞料など。運用後にトラブルが生じないように、「今までにこんなことを考えたことがない」という事務局長と一緒に考えていきます。
ソフトウエアは著作物であり、その著作権者の有する権利は絶対です。貸し出すためには、著作権者の許諾を得る必要があります。規約の作成そのものには不要ですが、著作権者から許諾を得ていることは確認しておきたい事項です。
ところが数度の聞き取りの過程で、ソフトウエアの製作者の名称が二転三転してしまいました。詳しく話してみると、事務局長の中で、ソフトウエアの販売会社と製作者が混然一体となっているようです。そして販売会社からは貸与の許諾を得ているが、製作者からは許諾を得ていないことが分かりました。規約は完成させ、「ただし貸し出すためには製作者から必ず許諾を得てください」とお伝えしました。
調べたところに、ソフトウエアの貸与による損害賠償は、そのソフトウエアの販売価格に貸与数を乗じた金額まで請求できるとのことでした。会員の利益のための事業により団体が破産することも有り得たのです。
IT企業に勤務していた頃、新規事業の際は法的リスク審査を行いました。法的リスク審査とは「その事業が誰のどのような権利を侵害することが考えられるか」「既存契約への違反はないか」「どのような損害が生じうるのか」「賠償を請求される可能性は高いのか」などを検討することです。
全てのリスクを排除することはできません。検討の結果、予測される損害よりもメリットが大きければリスクを許容することもありました。
新規事業にはトラブルが付きものです。その前に少し検討することで防げるトラブルもあります。権利という目に見えないものに関する情報発信の必要性をあらためて考えるきっかけとなりました。
(北海道建設新聞2021年2月4日付3面より)