修繕での価値創出に限界 街の更新へ、札幌で「動き」
円山公園や北海道神宮にほど近い高級住宅街の宮ケ丘地区にある3階建ての分譲マンション「ルーブル富士神宮外苑」。敷地1500m²の広さに対してゆとりを持って建てられ、れんが色の重厚な外観が特徴的だ。しかし築38年が経過。京阪電鉄不動産(本社・大阪)が取得し、近い将来新たなマンションに生まれ変わる。
全18戸の権利がまとまったのはことし2月だ。もともとこの物件は老朽化や自然災害で、機械式駐車場、配管設備に深刻な損傷が発生するなど施設内部に問題を抱えていた。直すにもマンション管理組合の修繕費積立金では賄いきれず、手付かずの状態。「このままでは、マンションは持たないのでは」。住民からは、そんな不安の声も聞こえていた。
管理組合から依頼を受け、数年がかりでこの問題に取り組んだ不動産コンサルタント会社、麗雅(本社・札幌)の谷口慎治社長は「不自由なく住める状態に戻すには、1戸当たり1000万円の修繕費負担が必要だった」と振り返る。当時は中古で売りに出しても買い手が付かず、多額の修繕を施しても付加価値は上がらない。建て替えしか方法がなく、谷口氏は組合に、所有権を集約した上で再建できるデベロッパーに売却することを勧めたという。
谷口氏が着目したのはエリアの人気だ。同マンションは新築時には1戸8000万円ほどで売り出され、富裕層や著名人が取得する高級住宅だった。同氏は地価が高いエリアの優位性を生かすため、敷地売却価格を基準に引き取り価格を試算。区分所有者に1戸1800万円以上の額を提示した。新型コロナウイルスの影響などで個別交渉は難航したが、約2年の歳月をかけて所有権譲渡をまとめ上げた。「戸数、土地の価値、区分所有者の経済力など、条件に恵まれた物件でないと実現できない」。谷口氏は再建への難しさを吐露する。
ハードルは高いものの、大規模修繕以外の新たな選択肢として、再生事業の芽が出始めている。近年、札幌市内では道外デベロッパーの札幌進出が相次ぎ、人気の駅近くでは用地取得競争が激化してきた。事業者から土地不足が叫ばれる中、新たなマンション開発地を生み出そうとする力学に、老朽物件の対処策が重なろうとしている。
道内不動産業者も、地下鉄東西線円山公園駅近くにある別の古い物件で、所有権をまとめる動きが数件出ていると明かす。ある道外マンションデベロッパーも「管理組合から建て替えの相談を受け、実現に向けた検討を進めている」と話す。建て替え案が浮上する物件は、不動産価値が高い高級住宅街に多いようだ。
建物の新陳代謝を促そうと、行政も実は早い段階で手を打っている。2002年にマンション建て替え円滑化法が施行され、区分所有者の5分の4の同意を得ることで再建を決議できるようになった。それから20年近く過ぎる間に敷地売却制度を創設、容積率緩和の特例を認めるなど2度の改正が実施されたが、効果はいまひとつ。風向きが変わり始めたのは近年のことだ。
札幌市は20年度に、マンション建て替えに関する相談を6件受け付けた。うち1件は、同法に沿った手続きを検討しているという。札幌市都市局の担当者は「市内で建て替え円滑化法による再建事例はなく相談もほぼなかったが、近年になって増えてきた」と目を丸くする。
建て替えは一般的に住民の経済的な負担が重いが、深刻度を増す市内の土地不足を背景に、立地によってはデベロッパーと組むことで資金の算段が可能になってきた。老朽化する分譲マンションを、地域の未来の鍵としてどう活用するか。住む側、造る側、そして行政それぞれに問われている。
(この連載は経済産業部の武山勝宣、宮崎嵩大が担当しました)
(北海道建設新聞2021年5月28日付1面より)