国土技術政策総合研究所(国総研)の報告書に、2004年度の転倒・転落による死者数が、交通事故の死者数に匹敵すると書かれていて、非常に驚きました。救急車で運ばれることはなくても、階段や段差で「ひやっ」「はっ」とした経験は誰にもあると思います。かくいう私も自宅の階段で足を踏み外し、そのまま一階の床まで滑り落ちたことがありました。若い頃でしたから軽い打撲で済みましたが、今もし…、いえいえ想像したくありません。日常の中で階段事故は意外に多いのです。
階段の一段の高さを蹴上、足が載る平らな部分を踏み板(段板)、その先端を段鼻と呼びます。階段事故では、まず、この蹴上と踏み板で作られる「傾斜」に注目がいきます。
ところが、この報告書では、階段事故の状況は「暗かった」「階段の色が分かりにくかった」「滑り止めがなかった、剥がれていた」のように、踏み板の「見え」に関わるものが半数ほどあり、これに「滑る」が加わります。建築基準法にのっとった傾斜でも事故は防ぎきれないのです。
以前、照明の色温度と踏み板の色について検証していた時、段鼻の位置に細く切った紙を置くと、階段の一段一段が明確になり、カメラを構えた私の手は止まってしまいました。安心感が全く違うのです。見慣れた階段の段鼻の位置に、線が1本あるだけなのですが…。
階段事故は上るときより降りるときに多く発生します。降りるときに目に入るのは段鼻と踏み板です。段鼻より手前に足を置くと安全で、段鼻より向こう側に足を置くと転落してしまいます。段鼻は安全の境界線と言えますが、段鼻に注視してしまうのは危険です。降りるときは、段鼻を目安にしつつ、足を置く踏み板にしっかり目が行く必要があります。「分かりやすい踏み板の色」と「暗かった」と言われない十分な明るさの確保が、安心な階段への第一歩です。
段鼻の色は、踏み板の色との輝度比2・0程度がよいとされています。輝度比は2色のコントラストを比較する指数で、輝度比2・0はマンセル値の明度差3―4に相当します。コントラストの強い方が見分けやすいように思われますが、段鼻ばかりに気を取られ、足を置くべき位置を間違えては意味がありません。
輝度比2・0程度であれば色相に制限はなく、空間デザインのコンセプトを生かした配色が可能です。同系色でも明度差3―4であれば、どの色覚タイプの人にもロービジョンの人にも、段鼻が分かります。
高彩度の黄色は、高齢者には白やベージュなどと近い色に感じることがあります。P型(色弱の色覚タイプ)の人には、さえた赤は必ずしも見分けやすい色ではありません。鮮やかさに依存しないことも大切です。
段鼻は、踏み板の端から端まで、しっかり通すことで効果が上がります。踏み板の柄(模様)は、段鼻の位置の分かりやすさや、踏み外しを誘導しない配色デザインにすることが求められます。
色彩の力で階段事故を防ぐのは、難しいことではありません。段鼻と踏み板の好ましい配色が、私たちの安全を守ります。
(北海道建設新聞2021年10月14日付3面より)