産学連携による新事業も期待
地方大学を起点とした企業誘致に期待がかかる。札幌市中心部のオフィス需要は依然として高いが、大学と産学連携を求める道外企業は多く、地方都市にもチャンスが眠っている。どのような視点で誘致に取り組むべきなのか、公立はこだて未来大が企業進出に貢献した函館市の事例を基に探った。(経済産業部 宮崎嵩大、建設・行政部 出崎涼記者)
帝国データバンクによる首都圏から地方への本社移転に関する動向調査では、2021年はコロナ禍前の19年と比較して5倍に当たる33社が道内に移転した。IT系企業など、道内への企業誘致の機運が高まっている。道経済部産業振興課の担当者は、各自治体が企業誘致を有利に進めるための鍵は「大学」だと指摘する。
これまでも人材確保を目的に大学のある地域に進出する企業はあったものの、大半は2―3年で撤退してしまう現状があった。定着率向上には、大学の研究内容が重要視される。研究から生まれる新事業を求めて道外企業が地方に興味を持ち、拠点設置や本社移転などに発展するのが理想的だ。
好例は、公立はこだて未来大発のAIベンチャーである未来シェア。公共交通・移動分野のスマート化技術の実証実験をきっかけに同大と首都圏の企業が意気投合。企業側が母体となり、教員と共同で函館市内に新規創業することとなった。
同社は、AIを用いてリアルタイムに人や物の便乗配車を計算するサービスを開発。札幌市内の民間企業では、フードデリバリーやタクシー配車の効率化に用いられているほか、定時・路線バスが終了した岩手県紫波町では、代替の公共交通となる自宅まで呼び出せるデマンド型乗り合いバスの運用に利用されている。各地の社会課題やニーズに対応するサービスとして、全国的な注目事業に成長しつつある。
同大は、道内外合わせて年間40―50社ほどの企業と共同研究に取り組む。強みは人工知能の研究で、未来シェア以外にもAIベンチャーが生まれている。同大の田柳恵美子教授は、大学を起点とした企業誘致の盛り上がりには「注目事業の創出が必要」とみる。生まれた事業とのシナジーを求めて進出企業が増加し、その企業群が街の新たな産業として根付くからだ。
道も注目事業が生まれるチャンスを増やすべく、市町村と連携した道外企業へのPRに取り組む。担当者は「ワーケーションなど気軽に導入できる働き方を足掛かりに、本格的な拠点進出につなげたい」と意気込む。帝国データバンクによる調査でも、以前からサテライトオフィスなど簡易的な出先を持つ企業が、コロナ禍を機に本社移転に踏み切ったケースが多く見られたという。
このような明るい兆しが見える中、進出企業の受け皿となる街のオフィスビルは課題を抱える。賃料は安いものの、首都圏のIT企業が入居するためのセキュリティー基準に達しておらず、これにより進出を断念したケースもある。景沢不動産鑑定事務所(函館)の景沢周平社長は「函館の不動産投資の多くはホテルで、オフィスにお金をかけるのはあまり聞かない」とし、さらに「オフィスビルを所有する市内事業者の多くは、金銭的に新たな設備投資に踏み切れない」と読む。首都圏並みのオフィス環境を求めるならば、進出企業自らの設備投資が必要になる。
函館市はIT企業を対象とした補助制度を拡充している。5年間オフィス賃料の半額を負担したり、市内事務所での勤務人数が3人以上であれば、1人につき50万円を支給したりする。担当者は「補助を活用して費用を捻出してもらえれば」と話す。
コロナ禍が明ければ首都圏との交流が盛んになり、企業誘致も活発化すると考えられる。それまでに地域としてどのような準備に取り組むかが、明暗を分けそうだ。