人や自然の暖かさに焦点
東川町中心部にオープンしたサテライトオフィス「KAGUの家」は、設計や監修を建築家の隈研吾氏が担当した。完成した4棟のうち1棟に自身の事務所も入居する。人が働きたくなる空間を目指し、人や木の心地良さを感じられる室内を創った。市街を中心に散歩道を整備するなど、五感で外の環境を感じられる仕組みも設け、新時代の働く場を追求した。隈氏に話を聞いた。(旭川支社・中村謙太記者)
―KAGUの家が完成した。
関係者の尽力で想像以上に早く完成して驚いている。プロジェクト自体はコロナ禍より前に始まったが、ウイルスとの共存を本格的に考えなければいけない時期に完成したことは、良いタイミングだったと感じる。
―KAGUの家の特長は。
アットホームな雰囲気で仕事ができる室内を目指した。テレワークが普及したことで、無機質なオフィスビルで働く必要性が薄れ始めた。人や自然の暖かさに焦点を合わせた空間が、将来の働く場に求められると考えた。
道産の木材などを活用し、外壁の木材は町産材を使った。柱と柱の間には筋交いの代わりに家具を組み込むことによって耐震性を補った。家具は町の主要産業の一つ。重要な産業に関わり、支えてもらっていることを示している。
室内と外部に一体感が生まれることも重視した。敷地内には安田侃氏の彫刻を設置し、今後は散歩道も整備する。オフィスで働きながら、すぐ近くで自然を歩きながら感じることができる。
―これからの働く場所について。
20世紀の職場は機械に合わせて設計された環境だと考えている。外部と遮断された部屋で机に縛りつき、車や電車で移動する。機械のような環境の下で働くことが本当に効率の良いものなのか、ということは常に疑問を感じていた。
通信環境の発達は労働から場所という制限を取り払った。働きたい場所で働けるようになったことで、人が本当に働きたい空間は何かを考える契機となった。外部とつながり、自分の体で外を感じられることが、新しい空間となり得るのではないか。
―東川町の魅力は。
中心部に主要な施設が集まっていることが最大の魅力だ。役場や図書館など、生活の質を高めるために必要な場所に歩いて回ることができる。町の景色や雰囲気を自分の体で体験できるのは、町独自の強みだ。
初めて町を訪ねたとき、国道・鉄道・水道がないということにも魅力を感じた。これまでの社会は「何でもある」ことに重きを置いていたが、町は大雪山など、地域特有の自然や景観を生かすまちづくりを目指した。「何もない」ことは新しい社会を考える上で強みになっていくと思う。
―東川町での今後の展望は。
デザインミュージアムを創りたいともくろんでいる。日本のデザインは潜在的な可能性を秘めているにもかかわらず、それを展示するための施設がほとんど存在しない。家具製造が盛んで、デザインの発展にも力を入れる町にミュージアムを設置することは、日本のデザイン業界にとっても良い影響をもたらすはずだ。