この人物が犯人だったのか、全然気がつかなかった―。最後に真相が明かされたとき、そんな新鮮な驚きを感じられるのがミステリー小説の醍醐味(だいごみ)だろう。作家としては「してやったり」というところである
▼ここで使われているのが〈叙述トリック〉だ。あることに触れない、時系列をあやふやにする、関係のない人物に疑いがかかるよう仕向ける。そうやって巧みに情報を操作し読者を欺くのである。例えばいつもご近所トラブルを起こす粗暴な男が、現場の近くで不審な動きをしていれば読者は怪しく感じる。そこが作家の思うつぼ。『アクロイド殺し』のアガサ・クリスティから『名探偵コナン』の青山剛昌まで、変わらぬ定番の手法である
▼ところで最近は作家だけでなく、警察まで叙述トリックを使うようになったらしい。安倍晋三元首相を自作の銃で殺害した山上徹也容疑者について、警察は旧統一教会とのつながりばかりを流し、肝心の警察の失態に関しては情報を小出しにしている。旧統一教会の非道な活動と政界との蜜月ぶりも問題だろう。ただ特定の団体に恨みがあるからといって、人を殺していい理由にはならない。容疑者への過度な同情は禁物だし、早急に見直すべきは要人警護のあり方である
▼たった一人の男が白昼堂々と銃撃に及び、殺害を成就させてしまった。なぜ犯行を許したのか。その実態をこそ警察は毎日でも発表する責任があろう。元首相死亡の直接の原因は旧統一教会でなくむしろ警察にあるのだ。情報を操作してマスコミを踊らせている場合ではない。