
市川草介社長
「非効率」売り 本州進出
札幌・円山地区の古民家を自らの手で改装し、喫茶店「森彦」を開業してから四半世紀余り。デザイナー出身でアトリエ・モリヒコ(本社・札幌)社長の市川草介氏(55)は、道内12店舗を展開する飲食チェーン経営者として今や全国から注目される存在だ。店ごとに異なるこだわりの空間デザインが「森彦巡り」現象を生み、自家焙煎(ばいせん)のレギュラーコーヒーは道外にも出荷される。事業の現在を尋ねた。
―店舗デザインが個々に違う。飲食チェーンは、効率化のため統一規格の店を増やすものでは。
一般的にはそうだろう。われわれは例えるなら、一生懸命ハンコを彫って、1回押してまた別のハンコを彫るのを繰り返しているようなもの。店の定型はなく、地域や施設に合わせて空間もメニューも変える。非効率で、金融畑の人からは高コストだと言われる。
だが、お客さんは必ずしも効率を求めてはいない。今の時代は誰もが仕事や家庭で合理的であることを迫られている。そんな中で、効率を追求しない空間に価値を感じてもらえる。おいしいコーヒーを飲んでもらうのはもちろんだが、提供しているのはその場所。私は「コーヒー代は入場料」と言ってきた。
―どの店も社長がデザインを決めるのか。
そうだ。社員からも広くアイデアを募るが、まだ採用には至っていない。デザインは長くコーヒー業界が重視してこなかった要素で、われわれが強みを発揮できる部分。私以外にも考えさせ、人材を育てたい。
―豆は深いりが特徴。レギュラーコーヒーとして通販のほか全国のスーパーでも売っている。
もともと道内スーパーで扱い始めたところ驚くほど売れていた。そのうちに味の素AGFから提案を受け、2019年秋からAGFの関東工場で焙煎して全国に出すようになった。これがすごく伸びていて、モリヒコの知名度、ブランド価値を上げている。開始がコロナ禍直前だったのも、結果としてその後の店舗の売り上げ減を補ってくれた。
―コロナの影響は。
一時は非常に厳しかった。フランチャイズ(FC)店の一部が閉店し、15店あった店舗網が3店減った。年商は前年比3割減。ただ、半減以下も珍しくない飲食業界内では影響が小さい方と言える。決算期は毎年6月で、今期はコロナ前に戻る勢いで推移している。
―出店要請やFC加盟希望が多いと聞く。諾否はどう判断するのか。
誤解されないように言うとFCは積極的に募集しているのではなく、案件次第でその選択肢もあるということ。最重要なのは、その企業の代表者がコーヒーの事業に思い入れを持っているかどうかだ。担当者任せにしている代表からの話は全て断ってきた。
―商圏人口や競合状況など、マーケティング的な判断もあるのでは。
それは違う。出店を商圏人口で判断したことは一度もない。われわれの場合、価格帯やコンセプトで競合する他社も見当たらない。マーケティングは過去の事例から価格やメニュー、サービスの在り方を決めるものだが、われわれは未来をつくろうとしている。今までなかった市場ができれば、誰とも戦わずに済む。
―次の新店は。
本州進出を考えている。まだ決めていないが、一つの候補は福岡だ。豆は札幌から供給できる。オセロ風に言えば北と南に石を置き、それから中間を取っていくイメージだ。豆の販売などを通して道外でも知られるようになった。大きなマーケットに挑戦する素地はできている。
(聞き手・吉村慎司)