工期短縮のリスク提起も
経済小説・社会派推理小説で知られる作家の相場英雄氏(55)が2月、本道を舞台とした新作ミステリー「覇王の轍」を小学館から出版した。北海道新幹線の札幌延伸工事に絡んで、鉄道や官僚組織、報道の実態を描きながら「巨悪」を浮かび上がらせる展開で、広く話題を呼んでいる。著者に、執筆の経緯や本道との関わりを尋ねた。
相場英雄(あいば・ひでお)
1967年新潟県生まれ。89年時事通信社入社。2005年に「デフォルト 債務不履行」で作家デビューし、06年から専業に。
「血の轍」「ナンバー」「トップリーグ」「震える牛」「ガラパゴス」などヒット作を数多く手掛ける。
―なぜ北海道新幹線に着目したのか。
あるところから重要な事実の情報提供があって、本作を書く大きな原動力になった。読む人が読めば「どうしてこの件が漏れているのか」と動揺するような話を盛り込んでいる。小説ではあるが、大事な部分についてはゼネコンを含めてさまざまな業界の知り合いに話を聞いた。過去の作品と比べてもファクトチェックにはかなり力を入れたと自負している。
―道内の情景描写がリアルだ。
現地を歩かなければ書けないことは多い。最初の方に出てくる、道南の国道を新幹線工事関係車両が行き交う様子なども実際に見て書いた。私は自分の目で見るためにどこにでも行く。トンネル工事現場にはさすがに入れなかったが、ゲートの前まで行って観察した。
―取材はどれぐらい執筆に反映させるのか。
膨大な取材をしていると思われがちだが、ある程度で切り上げるようにしている。事実に引きずられるとストーリーが回らない。現実を最優先するならノンフィクションを書くべきで、私の仕事はあくまでエンターテインメントとして小説を書くことだ。
―ご自身は新潟生まれ。北海道との縁は。
20年ほど前に家族でスキーに来たのが最初だった。北海道の食べ物が大好きで、今までに数え切れないほど訪れている。車で道内のほぼ全域に足を運んだことがあり、リアルさを感じてもらえるならこれまでの経験が役立っている。
―物語の背景に、新幹線札幌延伸計画の5年前倒しがある。
前倒しには政治をはじめさまざまな事情があっただろう。だが、工期短縮のためにどんなリスクが生じるのか、現場の人々がどれだけの苦労をしなければならないか、多くの人に考えてほしい。
―札幌延伸をどう見ているか。
首都圏と札幌の間を、新幹線で移動する人がどれぐらいいるのか疑問を持っている。取材で函館まで新幹線に乗ったがガラガラだった。取材で全国を訪ねるが、地方の新幹線は総じて利用客がとても少ない。駅周辺の不動産開発なども含め、成功しているのは福岡ぐらいではないか。北海道が福岡のようにやれるのか聞きたいところだ。
―札幌は新幹線開業に合わせた再開発が進む。外資ホテルチェーン進出などへの期待も大きい。
札幌の街が、東京や他の多くの都市と同じになっていくのはむしろ心配だ。私は北海道で東京と同じものは見たくない。これまでの取材で沖縄に通って、間違った開発で地域の本来の良さが奪われるのを見てきた。北海道には二の舞になってほしくない。食べ物でも空間・施設でも、地元にしかないものを大切にしてほしい。
(聞き手・吉村 慎司)