私道を勝手に使われた、隣りのテレビがうるさい、庭木がわが家の敷地にまで伸びてきている―。ご近所トラブルはそんな自分の領域を侵されたことへの過剰反応から始まることが多いという
▼それまでは仲良く付き合ってきたのに、ある時を境にお隣さんの態度が急変する。理解し合おうとするものの相手はかたくなになるばかり。そのうち攻撃はエスカレート。敵意をむき出しにされた方はたまったものではない。移民に自分たち白人の領域を侵される―。ニュージーランド南部クライストチャーチのモスクで15日、イスラム教徒50人を殺害したオーストラリア人の男もそんな過剰な恐れを抱いていたようだ。近い将来、住む場所や地位が移民に奪われてしまうと信じていた
▼犯行前、移民を「侵略者」と断ずる声明をソーシャルメディアに投稿。アーダーンニュージーランド首相にも電子メールを送っていた。移民排除のため自ら立ち上がらねばならなかった理由をくだくだ説明している。身勝手極まりない。確かに欧州では移民問題が深刻の度を増しているが、ニュージーランドでは良き隣人として地域になじんでいると聞く。「世界で2番目に平和な国」(世界平和度指数2018)の称号もそれゆえだろう。なのにこの男は静かに暮らす隣人の家に押し入り、むき出しの暴力で自らの狂信を成就させようとした
▼古代ギリシャの哲学者アリストテレスはかつてこう教えた。「『垣根』は相手が作っているのではなく、自分が作っている」。何のことはない。容疑者こそが平和な社会を侵しているのだ。