コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 257

軽井沢バス事故から2年

2018年01月16日 07時00分

 子どものころ、母親の帰りが遅いとわけもなく不安にかられたものである。誰にでも覚えがあることだろう。詩人谷川俊太郎もそうだったようで、「なみだうた」という詩に書いている

 ▼「子どものころよく座敷におでこをくっつけて泣いた 外出している母がもう帰ってこないのではないかと思って 母はどんなにおそくなっても必ず帰ってきて ぼくはすぐに泣き止んだ」。帰ってきたときのうれしさといったら。母親に限らない。待ち人が子どもであっても友人であっても、きのうと変わらぬ顔をきょうも見ることができる幸せ。それがどれだけ貴重なことか。この出来事を思い出すたびに考えさせられる。長野県軽井沢町で大学生ら15人が亡くなったスキーツアーバスの路外転落事故から、きのうで2年となった

 ▼遺族や友人たちはかなわぬ夢と知りながら、犠牲になった子や友が帰ってくるのを諦め切れずにいよう。現在もまだ心身両面で後遺症に苦しむ負傷者もいると聞く。つくづく残酷な事故である。前後してこの時期、バスの事故が相次いだ。原因のほとんどは格安にこだわる運行会社の行き過ぎたコスト削減。運転手の能力や健康を顧みず無謀な運行を続けていたのだ

 ▼今は建設業界はじめ多くの産業が安全軽視は最大のコスト増要因との認識を共有している。そんな中でのこの事態はバス業界の意識の低さの現れと見られても仕方ない。教訓を学ぶのに死者が出るまで待つのは愚かなこと。旅客事業の関係者はこれを機にいま一度、親や子、友の帰りを待つ人がいることを胸に刻んでほしい。


大人になったら

2018年01月13日 07時00分

 子どものころ自分が大人になったら何になりたかったか、覚えている人は多いだろう。プロ野球選手や警察官、大工、ケーキ屋、歌手…。いろいろな願いがあったはずだ。ただし今、その仕事に就いている人がどれだけいるのかといえば、ほとんどいないに違いない

 ▼たぶんそれで良いのではないか。なれるなれないに関わらず、子どもが夢を持てる社会は健全である。未来に可能性が開かれている証拠と言っていい。加えて子どもの将来の夢はほほ笑ましく、それを聞くのは大人にとっても大きな喜びである。さて、それでは今の子どもたちの夢はどんなだろう。第一生命保険の「大人になったらなりたいもの」調査の結果がことしも発表になった

 ▼最もなりたいものは、男の子が15年ぶりに「学者・博士」、女の子が21年連続で「食べ物屋さん」だったそうだ。目を引くのは久々に1位を獲得した「学者・博士」だが、解説によると2014年から3年連続で日本人がノーベル賞を受賞したのも影響したらしい。女の子の注目は伸び著しい2位「看護師さん」である。今回は得票率で「食べ物屋さん」に1.8ポイント差。不動の王座を抜く勢いだった。人の命を救う仕事に憧れを持つ子どもが増えているのだという

 ▼日本社会の優れた面も問題のある面も、曇りのない子どもの心には真っすぐ伝わるということだろう。昨今、政治の世界を中心に教育無償化の議論が盛んだが、同時に大切なのは日本社会が誰にでも公正で未来への可能性に開かれていることでないか。大人の責任は重い。それを忘れてはいけない。


カヌー競技で不正

2018年01月12日 07時00分

 江戸を舞台とする時代劇ではおなじみの人物だろう。秀忠と家光、徳川家で将軍二人の兵法指南役を務めた剣豪に柳生宗矩がいる。但馬守の名の方がピンとくるだろうか。徳川幕府から大名を監察する大目付の役を最初に仰せ付かったことでも知られる

 ▼新陰流の伝承者で腕前は古今無双。孤高の強さだったという。その宗矩は晩年、極意をこう語っていたそうだ。「われ人に勝つ道を知らず。われに勝つ道を知る」。あえて剣の極意を持ち出すまでもないが、この人もライバル選手をひきょうな手段で蹴落とそうと考えた時点で自分にも勝負にも既に負けていたと気付いてほしかった。ライバル選手の飲料に、ドーピング禁止薬物を混入するなど妨害を繰り返していたカヌー・スプリント競技の鈴木康大選手のことである

 ▼東京五輪に出場する可能性を高めるため、できるだけ邪魔な選手を排除してしまいたい。そんな浅ましい自分勝手な感情で仲間の選手を陥れ、あらぬドーピングのぬれぎぬを着せたのである。報道によるとドーピング被害を受けた選手が最初に相談したのも鈴木選手だったという。信頼されていたに違いない。それも改心のきっかけになったのだろう。自ら加盟する団体に罪を告白したそうだ

 ▼「追ひつめてゐたりしものは何ならむ夢よりさめてまたしんの闇」小野興二郎。不正な手段でかなえようとした五輪出場は悪しき夢だった。今は目の前が真っ暗でないか。ひきょうな行為を働いた事実は消えない。ただ、最後には弱い「われ」に勝ったのだ。これからは正しい道を歩んでほしい。


南北会談の行方

2018年01月11日 07時00分

 味方に裏切られることを「後ろから矢を射られる」という。日本の古典文学『太平記』の一節、「後矢射テ名ヲ後代ニ失ハントハエコソ申シマジケレ」から来ているそうだ

 ▼将軍足利尊氏に冷遇されている男が合戦前日に息子を呼び、どさくさに紛れて将軍を殺してしまおうと相談したときに息子が返した言葉である。弓矢の道に二心なし。自軍の将に弓を引くなど、名に回復不能の傷を付ける恥だと怒ったのだった。さてこちらも味方に弓を引く結果にならなければいいのだが。韓国と北朝鮮がおととい、南北軍事境界線上の板門店で閣僚級会談を開いた件である。北朝鮮に核兵器を放棄させるための圧力重視で足並みをそろえる国連と、韓国はどう折り合いをつけていくのだろう

 ▼北朝鮮から譲歩を引き出すため国際社会が包囲網を狭めている今、笑顔で逃げ道を用意するのは得策でない。韓国も周到に準備した上で会談に臨んだのかと思いきや、大山鳴動して出たのは北の平昌五輪参加というネズミ一匹のみ。北朝鮮はしたたかである。外交経験の少ない文在寅大統領を懐柔し、五輪を人質に核開発の時間稼ぎをするなどお手のものだろう。文氏にその意図はなくとも、気が付いたら後ろから国連に矢を射ていた、となりかねない

 ▼韓国は最近、2015年に「最終的かつ不可逆的な解決」として終わらせた日韓慰安婦合意も一方的に覆した。当時の日米韓の努力も関係改善の機運も台無しにする決定で、やはり後ろから矢である。これでは後代まで韓国は名を失う。文氏はもっと慎重を期すべきでないか。


星野仙一さん死去

2018年01月10日 07時00分

 香港の推理小説作家陳浩基氏の最新作『13・67』(文藝春秋)が、まれに見る面白さと話題になっているのでこの連休に読んでみた。香港の警察官ローとその師クワンが難事件を解決していく過程をスリリングに描いた作品である

 ▼厚みのある物語構成や謎解きは見事。ただ何よりも作品の魅力を高めているのは、官僚主義が横行する組織の中で理不尽さにもがきながらも、犯人検挙に奮闘する警察官たちの姿だった。ローは敬意をこめて言う。隊を率いるリーダーのクワンは、「信念を変えず、全力で、自分の心に刻まれた正義と公正を守ってきた」。「犯人を逮捕し、善良な市民を守り、真実をあきらかにする」使命を全うするために、つまらない組織論理でなく自分の信念に従ってきた男だというのである

 ▼この人物像が胸に響いたのは読んでいるさなかの6日に、元プロ野球選手で中日や阪神、楽天の監督を務めた星野仙一さんの訃報を耳にしたからだ。星野さんも自分の信念を貫き通したリーダーだった。「燃える男」の異名そのままの人である。監督時代、判定に納得せず猛然と審判に抗議していた場面を思い出す。プロ意識の低い選手には烈火のごとく怒ったと聞く。楽天を日本一に導き被災地にエールを送れたのも復興への熱い思いあればこそだろう。心に火を付けられた人も多いのでないか

 ▼警察と野球では違うが使命を果たさんとする精神は同じ。星野さんは野球界を発展させ、人々を喜ばし、日本を元気にしようとの信念を持っていた。残念である。奮闘する姿をまだまだ見ていたかった。


ヘッドライン

ヘッドライン一覧 全て読むRSS

e-kensinプラス入会のご案内
  • 北海道水替事業協同組合
  • web企画
  • 川崎建設

お知らせ

閲覧数ランキング(直近1ヶ月)

藻岩高敷地に新設校 27年春開校へ
2022年02月21日 (2,974)
おとなの養生訓 第245回 「乳糖不耐症」 原因を...
2023年01月11日 (1,348)
おとなの養生訓 第43回「食事と入浴」 「風呂」が...
2014年04月11日 (1,307)
函館―青森間、車で2時間半 津軽海峡トンネル構想
2021年01月13日 (1,189)
おとなの養生訓 第126回「なぜ吐くのか」 空腹時...
2017年12月22日 (850)

連載・特集

英語ページスタート

construct-hokkaido

連載 おとなの養生訓

おとなの養生訓
第258回「体温上昇と発熱」。病気による発熱と熱中症のうつ熱の見分けは困難。医師の判断を仰ぎましょう。

連載 本間純子
いつもの暮らし便

本間純子 いつもの暮らし便
第34回「1日2470個のご飯粒」。食品ロスについて考えてみましょう。

連載 行政書士
池田玲菜の見た世界

行政書士池田玲菜の見た世界
第32回「読解力と認知特性」。特性に合った方法で伝えれば、コミュニケーション環境が飛躍的に向上するかもしれません。