多くの人たちは、自分が見たいと欲する現実しか見ない―。そう言ったのは古代ローマの賢人カエサルだったろうか。自らを振り返ると深くうなずくほかない。昔から変わらぬ人間心理の機微である
▼現代の認知心理学的な視点では、こう言い換えられるようだ。「道徳的判断が合理的考察に基づいて下されることはめったになく、たいてい直感や感情から生じている」(『知ってるつもり 無知の科学』早川書房)。韓国の日本を見る目にも得てしてそういうところがある。「軍艦島」の異名を持つ長崎市の端島炭鉱で、朝鮮半島出身者が強制労働をさせられていたとの主張もその一つ。韓国が根拠としたのは、端島を記録した1955年制作のNHKドキュメント「緑なき島」で使われていた映像だった
▼戦時中、ふんどし一丁で狭い坑道を掘り進む作業員。現場の過酷さがよく分かる。反日感情の根強い韓国がこれに飛びつかないわけはない。NHKに証拠が残っていたと鬼の首を取ったような大騒ぎである。元島民らは近年その映像が話題になるとすぐ、作業状況から端島ではないと指摘。国会でも取り上げられたが、NHKは一貫して問題をはぐらかしてきた。ところがである。19日の自民党会合でNHKは、フィルムに制作年と同じ55年の刻印があったと認めたそうだ
▼戦時中の映像でない証拠で、番組の正当性も韓国の主張も根底から覆った。見たいものしか見ないとこうして判断を誤る。検証を長く怠ってきたNHKの姿勢は日韓の間で燃え盛る火に油を注いできただけだった。猛省を促したい。